大阪府内科医会からのお知らせ

クリニックマガジン10月号掲載【H28.8.25定例学術講演会】

8月定例学術講演会

「気」がもたらす3病態(気逆/気虚/気鬱)の所見と望ましい治療法


大阪府内科医会(会長・福田正博氏)は8月25日、大阪市内で定例学術講演会を開催した。ストレス社会を背景に実地医科の臨床現場では、不安神経症や心身症、不定愁訴など標準的な治療を行っても経過の長引く症例が引きも切らない。そうした諸症状に漢方薬は、個々の患者の「証」に合わせて処方すると、いわゆる西洋薬と同等以上に効かせることができる。漢方シリーズ第2弾として企画された今回は、ストレスに起因する疾患や病態をめぐり、漢方理論の基本に当たる「気・血・水」のうち「気」を中心にした解説が行われた。(編集部)

 
『ストレスと漢方』

外来で求められる
四診に基づく諸症状の見極め

センプククリニック院長 千福貞博氏

10月号「ストレスと漢方」千福貞博氏.JPG
修得したい漢方医学の基本理論
「気・血・水」

 漢方医学では、身体の構成を「気」「血」「水」の3要素で表す。このうち"生命エネルギー"のようなものと解釈される「気」は、臓器などを温める「陽」の性質を備えている。全都道府県で漢方講演をこなした実績を持つ千福氏は、理論を実践に移す際のポイントを分かりやすく伝えるティーチングに定評がある。当日は「気」によってもたらされる「気逆」「気虚」「気鬱」の3病態がテーマに取り上げられた。
 冒頭、気・血・水を学ぶ上での注意点として「気鬱≠うつ病」「水毒≠浮腫」「血虚=貧血」「瘀血(おけつ)=自律神経の異常状態」が挙げられ、3病態と代表的な西洋医学病態を対応させて▽気逆=パニック障害▽気虚=うつ病▽気鬱=咽喉頭異常感症─と説明された。
 各論では、ストレスがトリガーとなって起こる「めまい」「過換気症候群(パニック障害)」「うつ病」「咽喉頭異常感症」について漢方的な考察が加えられた。
 漢方医学においてめまいは、回転性(vertigo)と非回転性(dizziness)を区別しない。それよりも脳血管障害、メニエール病など類似疾患を除外した後、水毒か否かを見抜くことが重要とされる。四診で水毒を判定するポイントは次のとおり。▽問診=冷水を好んで飲む▽脈診=滑脈(かつみゃく)であることが多い▽舌診=歯痕舌がないか▽腹診=振水音はないか─。
 この中では、舌の縁に残る歯の圧痕(歯型)や舌の膨らみをチェックする舌診が最も簡単な「初心者コース」と案内された。通常、舌を出したときのサイズは口角と接しているが、水毒の場合、口角からはみ出し、さらに歯に当たってできた凹みが見られる。中級コースとなる腹診では、仰臥位の患者の心窩部をスタッカートに叩くと「チャプチャプ」と振水音がするかどうかで診断する。上級コースの脈診は、徐脈・頻脈の違いでなく血液(脈)の流れていくスピード(流速が速い=「滑脈」=水毒▽遅い=「渋脈(しゅうみゃく)」=瘀血)を量るため、相当の経験が求められる。
 急性期のめまいには、西洋薬より漢方薬がよく効くという。これに働くシャープな方剤として連珠飲(れんじゅいん)(苓桂朮甘湯合四物湯(とうりょうけいじゅつかんとうごうしもつとう))と五苓散(ごれいさん)(嘔気・嘔吐のあるときに優先)が紹介された。
 次に過換気症候群(パニック障害)は、漢方医学の概念で「奔豚気(ほんとんき)」と呼称される。その字義のとおり「胸やおなかの中で豚が走り回っている状態」を指す。急性の瘀血でもあり、おなかが張って苦しく、触ると痛がり、腹式呼吸もできない。中国の古典医学書『金匱要略(きんきようりゃく)』に記載されている奔豚湯(ほんとんとう)が本来有効とされるが、保険適用されたエキス製剤がないため、苓桂朮甘湯とヒステリーに効く甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう)の合方(苓桂甘棗湯(りょうけいかんそうとう))をつかって対処する。また、救急措置として圧痛のある瘀血部位を柔らかく揉む(駆瘀血マッサージ)を施すと、呼吸が楽になるとの知見が報告された。
 奔豚気(パニック障害)を治療する方法には①苓桂朮甘湯+甘麦大棗湯(花輪壽彦著『漢方診療のレッスン』より)②苓桂朮甘湯+桂枝加竜骨牡蠣湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)(寺澤捷年著『症例から学ぶ和漢診療学』より)の2つがあるが、千福氏は、配合されているの総量によって①を急性期用、②を慢性期用とする分類を提起した。これに関連して芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)、甘麦大棗湯、小青竜湯(しょうせいりゅうとう)、人参湯、五淋散(ごりんさん)など甘草が多く(3g 以上/ 日)されているエキス製剤は、基本的に「急病用」に用いられているとの例証も添えられた。

思い込みに注意!
うつ病は気鬱でなく「気虚」

 西洋医学で「うつ病」は、興味喪失と易疲労感が長く、常に存在することを診断基準の1つとする。うつ病が疑われるときの戦略について千福氏は、脈診で「心脈」を診て「沈(ちん)」であることが確認されれば「気虚」と判断し「その際の方剤は参耆(さんぎ)剤が基本」と述べた。併せて両手で行う漢方医学の脈診をスライドで示した。
 五臓の状態を探る脈診は▽右手=中指・肝、人さし指・心、薬指・腎▽左手=中指・脾、人さし指・肺、薬指・腎─を読み取る。左右とも中指のポジションは、患者の橈骨茎状突起に置く。人さし指と薬指は、その中指にそろえて添える形だ。自分の指の爪先がピンクのまま脈に触れると「浮(ふ)」、グッと白く変色するまで押さえないと触れない脈は「沈」で、全身倦怠ならびに睡眠不足などを意味する。
 うつ病(気虚)は沈脈で「心脈」が触れにくい。気虚を治す最も有名な生薬として人参が挙げられるが、気虚であればどのような人に使っても効くという。補気薬を代表する人参と黄耆(おうぎ)の違いに関しては、体内に入ってくる「気」を増やす人参に対し、黄耆は汗腺から漏れる「気」を防ぐ作用がある。参耆剤については「補中益気湯」「十全大補湯」「清暑益気湯」の3方剤をまずマスターすることが促された。軽症うつ病には、気虚を治療する参耆剤だけで対処できる。ただし、重くなると漢方だけでは治らず、西洋医学との「二刀流」が求められる。
 気鬱をめぐっては、この病態に「鬱」の字が使われているために混乱を招いている。千福氏は、和漢診療学の創始者である寺澤捷年氏の気虚と気鬱スコアに従い、うつ病は「気鬱」ではなく「気虚」と繰り返し強調。また「気虚と気鬱では『気』の意味が違う」と気虚= spirit loss、気鬱= air trap と英語に翻訳して解説を加えた。
 その気鬱の典型的な症例となる咽喉頭異常感症は、漢方医学で梅核気(ばいかくき)や咽中炙臠(いんちゅうしゃれん)と呼ばれる。『金匱要略』の条文に基づき、半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)が標準的に使われているが、うまく治らないケースが多い。無効なときは、舌の白苔、逆流性食道炎、不眠をチェックし、それぞれに対応した方剤を選択するマップが示された。
 簡単には、梅核気が漢方薬大手メーカー・ツムラの番号16(半夏厚朴湯)で治らないときは「ツムラ番号100 の法則(?)」を使って116(茯苓飲合半夏厚朴湯)にすると良いと冗談混じりで指摘された。【他の例;⑦八味地黄丸(はちみじおうがん)⇔ 107牛車腎気丸(ごしゃじんきがんなど)】
 最後に「検査データや画像診断で異常がなく『気のせい』と言われて納得できない患者もいるが、まさしく『気』のせいである症例も少なくない」とウィットに富んだ言い回しで外来診療に漢方的なアプローチを取り入れる姿勢が推奨された。

10月号「ストレスと漢方」.JPG