大阪府内科医会からのお知らせ

クリニックマガジン9月号掲載【H28.7.27 定例学術講演会】

甲状腺ホルモンの働きと過剰分泌 によって引き起こされる諸症状

 大阪府内科医会(会長・福田正博氏)は7月27日、大阪市内で定例学術講演会を開催した。実地医家が日常的に受けるイライラや疲れやすさ、動悸・息切れ、多汗、生理不順といった主訴は、更年期障害にありがちな諸症状だが、血液中の甲状腺ホルモンが増えることによっても同様の不調が起こる。この場合、抗甲状腺薬を使える甲状腺機能亢進症と、それが禁忌になっている甲状腺中毒症を正確に見極めないと重篤な副作用を招く恐れがある。当日は、甲状腺疾患専門病院で行われている鑑別診断のポイントがつぶさに示された。

『甲状腺中毒症の鑑別診断』

実地医家に求められる甲状腺機能
亢進症と中毒症との見極め

隈病院 内科顧問 深田修司氏

9月号【大内会】隈病院 内科 深田修司氏.JPG


タブーとなる甲状腺中毒症への「抗甲状腺薬」投与

 喉仏のすぐ下に位置する甲状腺 は、縦4.5cm×横4cm、重さ16~ 20gの薄くて柔らかい臓器。蝶が羽を広げたような形で、すぐ後ろにある気管を巻き込むように付いている。ここで合成・分泌される甲状腺ホルモンには、分子1つにつきヨウ素(ヨード)が4つ結合したT4(サイロキシン)と、同じく3つの元素が結合したT3(トリヨードサイロニン)の2種類の化合物がある。
 甲状腺ホルモンは、大きく3つの働き(①細胞の新陳代謝を盛んにする②交感神経を刺激する③成長や発達を促進する)が認められている。血液中の甲状腺ホルモン濃度は、脳の下垂体から分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH)によって常に一定レベルに調節されているが、何らかの原因で過剰に分泌されることがある。甲状腺中毒症とは、この甲状腺ホルモンが高値を示した状態を指す。
 「何よりも注意すべき点は、甲状腺中毒症と甲状腺機能亢進症を混同しないこと」と日本甲状腺学会認定専門医施設の隈病院で内科顧問を務める深田修司氏は、その鑑別の重要性を繰り返し強調した。
 甲状腺について深田氏は「甲状腺ホルモンの貯蔵タンク」に例える。あたかも貯蔵タンクにひびが入って漏れ出るかのように甲状腺ホルモンが過剰となる甲状腺中毒症は破壊性 甲状腺炎といわれ、その原因には、無痛性甲状腺炎(産後甲状腺炎)、亜急性甲状腺炎、急性化膿性甲状腺炎、抗不整脈薬アミオダロンなど薬物の作用などが挙げられる。このことから深田氏は「甲状腺ホルモンが 高値であっても即、甲状腺機能亢進症ではない」と、正確な検査と鑑別診断を聴講者に呼び掛けた。
 混同を避けなければならない最大の理由は、甲状腺機能亢進症ではない甲状腺中毒症に対しては、『メルカゾール』錠(一般名:チアマゾール)、『プロパジール』錠/『チウラ ジール』錠(プロピルチオウラシル)などの抗甲状腺薬が禁忌とされているためである。甲状腺ホルモンの産 生を抑える抗甲状腺薬は、無顆粒球症や劇症肝炎、ANCA関連血管腎 炎といった重篤な副作用を引き起こすことがあり、死亡、肝移植、透析などに至る事例も少なくない。
 すべての脊椎動物には甲状腺がある。爬虫類や両生類、魚類、鳥類、哺乳類にかかわらず、その甲状腺ホルモンは人間と同じ構造になっており、摂取すると外因性甲状腺中毒症 をもたらすこともあるという。深田氏は、米国で起こった事件として牛の甲状腺を食べ過ぎた牧場経営者夫 人やハンバーガーに含まれていた甲 状腺ホルモン(T4・1300mg=『チラ ーヂン』26錠分)で特定エリアに甲状腺中毒症が流行した実話を紹介。 併せてネットで流通している『痩せ薬』にも牛や豚の甲状腺乾燥末が含まれているケースが多く「甲状腺中毒症と診察したらまず、薬物に加えて痩せ薬などサプリメント摂取の有無を尋ねること」と警鐘を鳴らした。
 【Case2】39歳女性/rare▽妊娠6週=TSH <0.003 mU/mL(0.300~5.000)・FT4 1.39 ng/dL(0.70 ~ 1.60)・FT3 3.61 pg/mL(1.70~3.70)・TRAb <1.3 IU/L(<1.9) ▽妊娠 16 週=・TSH <0.003 mU/ mL(0.300~5.000)・FT4 1.54 ng/ dL(0.70~1.60)・FT3 4.26 pg/ mL(1.70~3.70)・TRAb <1.3 IU/ L(<1.9)・HCG 3万5000 mIU/mL(3万~10万)─同症例は、潜在性甲状腺中毒症が顕在性へと変化したケース。経過を整理すると「妊娠中、甲状腺中毒症が持続し、しかも悪化」「TRAbは陰性」「HCGはそれほど高くない」「妊娠前からTSHは抑制状態だった」ことから甲状腺刺激物質のないタイプの甲状腺機能亢進症が疑われた結果、最終的に非常にまれな『非自己免疫性甲状腺機能亢進症』と診断された。
 【Case3】78 歳女性/ uncommon▽嚥下痛と甲状腺にあたる部位の圧痛、甲状腺の破壊の程度を表すTg(サイログロブリン)の異常高値、1413.00 ng/mL(≦46.05)、CRP(C 反応性蛋白)1.6 mg/dLと検査所見に強い炎症反応が現れていたため、 ガイドラインに従って亜急性甲状腺炎が疑われたが、病歴を再聴取した結果、1週間前に20個以上のサプリメントを一度に内服したことが原因であることが示唆された。消化器内科で精査した結果、誤飲したサプ リメントのPTP包装シートが食道に刺さっていた。炎症が甲状腺にまで波及した結果、急性化膿性甲状腺炎(破壊性甲状腺炎)を生じた事例として報告された。消費者庁の調べによると、高齢者がPTP包装ごと飲み込んでしまうケースは、年間5000件以上に及ぶと推計されている。
 その他、バセドウ病の診断ガイドラインに基づく確定診断(放射性ヨウ素=テクネシウムの摂取率)や「決して手を出してはならない(すぐ専 門医に紹介すべき)症例」として甲 状腺そのものに異常がないのに機能 亢進するTSH産生下垂体腫瘍の知見が説明された。
 実地医家における甲状腺中毒症の鑑別診断のポイントは次のとおり。▽甲状腺機能亢進症との区別▽甲状腺中毒症が認められたらTRAb測定を追加▽原因不明のときは、シンチグラム、摂取率を追加▽常に外因性甲状腺中毒症の存在を忘れては ならない▽安易に抗甲状腺薬を投与 することなく経過を見るということも大事。

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