大阪府内科医会からのお知らせ

クリニックマガジン4月号掲載(2015年)

大阪府内科医会 定例学術講演会

死後の画像で死因究明に寄与する
オートプシー・イメージング(Ai)の可能性


 大阪府内科医会(会長・福田正博氏)は2月25 日、大阪市内で『定例学術講演会』を開催した。DV(Domestic Violence =家庭内暴力)や小児虐待をめぐる事件が後を絶たず発生する中、死因究明に役立つAi(Autopsy imaging =死亡時画像診断)の現状とその意義が今回のテーマとして取り上げられた。こうした場面にファーストコンタクトする機会の多い実地医家には、見逃してはならないサインのチェックと関係機関への通報など、適切な対処が求められている。 (編集部)

講 演
小児における死亡時画像診断の意義

剖検率低い死因不明社会からの
脱却に向けたアプローチ

関西医科大学小児科学教室 主任教授 金子 一成 氏
関西医科大学 小児科学講座 主任教授 金子一成氏 (300x284).jpg
小児死亡事例に対するモデル事業がスタート

 CT スキャンやMRI、レントゲンなどで撮影した画像によって死因を推定するAi は、自殺や行き倒れ、小児虐待といったデッド・オン・アライバル(来院時心肺停止)に直面する救急医療の現場で先行し、1990年代に入ってから本格的に実施され始めた。
 死因を究明するためには、病理解剖もしくは法医解剖(司法解剖・行政解剖)が必要となる。病理解剖の場合、遺族の同意が求められるが、死者に寄せる哀れみの感情や医療不信、犯罪の隠匿などさまざまな理由で同意を拒否されるケースが多い。一方、行政解剖は監察医によって行われるが、東京都・大阪市・横浜市・名古屋市・神戸市の5都市にしか監察医制度がなく、人口の85%は監察医不在の地域に暮らしている。刑事事件に関わる司法解剖は警察の判断で行われているものの、トータルすると日本の剖検率はわずか3%に過ぎない。
 2014 年度から厚生労働省による「小児死亡事例に対する死亡時画像診断モデル事業」が始まっている。同事業に関与する関西医科大学の金子一成氏は「約30 年前の研修医時代、死因がよく分からないにもかかわらず、剖検の同意が得られないため、死亡診断書に『心不全』と書くことに違和感を覚えた」と回顧しつつ「解剖や各種臨床検査に加えてAi を相補・補完的に導入しなければ、殺人や伝染病の看過、診療ミスの隠ぺいなどにつながる可能性も否定できない」と指摘した。
 日本の医療機関の特徴としてCTやMRI 保有率の突出した高さが挙げられる。対人口100 万人当たりの設置台数は、CT101 台/ MRI47台でいずれもOECD 加盟国のうち、データのある30 カ国の平均の4倍近いという(2011 年・OECD 調べ)。これをAi に活用する動きが2000年代より提唱された。賛同した厚労省は、まず虐待死の増加している小児において同事業をスタート。将来的に成人を含めた全ての死亡例に対してAi 実施法制化を目指す。
 オートプシーイメージング学会のガイドラインでAi の適応は次のように定められている。
 ①小児死亡全例(15 歳未満=約5,000 人/年)②外因死およびその疑いがあるもの③診療行為に関連した死亡④死因が明らかでない死亡⑤その他(死亡診断書・死体検案書の作成に必要と判断した場合、遺族が死因究明を望んだ場合、身元が明らかでない者の死亡)――。
 また、小児Ai が特に有用と考えられるケースとして以下の条件が挙げられている。
 ▽来院時の心肺停止▽虐待を示唆する病歴や身体所見▽原因不明の死産や早期周産期死亡▽家庭内事故を含む不慮の事故による死亡▽医療処置に関連する死亡の可能性のある場合▽訴訟に発展する可能性のある場合▽死因に疑義のある場合――。
 同氏らのパイロットスタディでは、小児死亡例の約60%において死後のCT 所見と剖検による死因に関連する所見が一致。このことから金子氏は「死因不明社会から脱却する第一歩としてご遺体に対しては可能な限りAi を実施すべきであると考える」と訴えた。

生命の尊厳につながる
死因究明は「最後の医療」

 Ai の画像所見では、見逃してはならない4つのポイントがある。
 ①生存時から存在する所見②死因に関連する所見③蘇生術による変化④死後の変化――。
 小児Ai を行う際には、あらゆる部位の異常所見、特に骨折が検出できるよう、全身スキャンが推奨されている。さらに、ご遺体においてはCT 撮影の際の被曝量を気にしなくてもよいため、画像再構成に耐える高線量・高精細での撮影が行われる。Ai の画像読影においては、先に示したポイントのうち③と④を死因から除外するなど、Ai 特有の読影能力が必須となる。③の蘇生術後変化と④の死後変化に関しては、心臓マッサージによる胸郭損傷(骨折)やエアリーク、消化管拡張、血管内ガスの血液就下、右心系拡張、動脈壁高吸収化、脳浮腫が挙げられた。これらのAi における複合所見については、小児画像診断および放射線診断専門医による読影が理想的とされている。
 同氏の勤務先に搬送され、虐待の疑いで児童相談所へ通報したケースとして次の3例が報告された。
 ▽来院時心肺停止の1 歳男児=強い外力を加えられたことによる脳ヘルニア▽くも膜下出血を起こした6歳男児=肋骨骨折があるにもかかわらず、転倒などの原因を親が申告しない▽不機嫌にぐずる生後6カ月男児=右下肢を動かさない。レントゲンで右大腿骨骨頭骨折を発見。立位、歩行をしない乳児ではあり得ないことから、踏みつけられたものと推定。
 保護者が病理解剖を応諾しない場合でも同意の得やすいAi を行うと、外傷性頭蓋内出血や骨折など異状の発見率は3割強に上るという。もはやAi の有用性は疑うべくもないが、最大の問題点として同氏は、大半が病院負担を余儀なくされている「医療コスト」を指摘した。
 厚労省のモデル事業委託を受けてAi 普及にあたる日本医師会は、同事業に参加を申し込んだ医療機関から収集した症例(死後CT / MRI画像、生前の診療情報)を一般財団法人Ai 情報センターに再委託して分析し、データベース化を進めている。モデル事業では、死亡時画像診断全体の在り方を含め、5年後をめどに医師の参考となるマニュアルも作成される。異状死死因究明支援事業の対象施設には、撮影費用の公費支払いも行われる。
 しかしながら同事業への申込みがあった医療機関数は、本年1月末時点で27 病院に過ぎず、問題意識の向上が待たれる。昨年夏、モデル事業説明会の席上、同事業運営会議の座長を務める日医の今村聡副会長は、Ai をめぐって「死因究明は『最後の医療』である」と主張。生命の尊厳につながる重要な取り組みであることを強調している。まずは、小児死亡時のAi 制度化が急がれるところだ。
 これは雑学的なエピソードになるが、講演の中で同氏は、画像診断を使った死亡時医学検索に対するAiの名称と重要性を提唱したキーパーソンとして、放射線医学総合研究所重粒子医科学センターAi 情報研究推進室室長・江澤英史博士を紹介。『チーム・バチスタの栄光』などで知られる作家・海堂尊である。