大阪府内科医会からのお知らせ

クリニックマガジン9月号掲載記事(2014年)

第10回 一般医・精神科医ネットワーク研究会(後援:大阪府内科医会ほか)

精神疾患治療のあり方探る
G-Pネット約10年の活動にピリオド

 一般医と精神科医の相互理解を求めて2006(平成18)年1月に組織された「一般医‐精神科医ネットワーク」(G-P ネット)が、第10 回目を数える7月12 日開催の講演会で休会の運びとなった。2011 年まで13 年連続3万人超の自殺者数が社会問題としてクローズアップされる中、うつ病の診断と治療をめぐって産業医や弁護士なども含めた連携を訴え続け、所期の目的を達した形だ。 (編集部)

基調講演Ⅰ「一般医と精神科医の連携の現状と今後の展望」

カウンセリングフィーや
社会的認識など山積する問題点

大阪樟蔭女子大学 学芸学部健康栄養学科教授 石藏文信氏
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 各科の一般医と専門医を結んで精神疾患治療のあり方を探ってきたG-Pネットだが、準備期を合わせて約10年にわたる対外活動にひとまずのピリオドを打った。
 G-P ネットの立ち上げと自殺対策基本法案の施行は、ほぼ同時期に重なる。発起人の石藏氏らは、立法・行政と違った角度から草の根レベルで医療提供体制について考察してきた。セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)『パキシル』の処方で自殺念慮などに劇的な効果をもたらした知見例を紹介しつつ石藏氏は、うつ病の病態生理を次のようにまとめた。
 ▽視床下部‐ 脳下垂体‐ 副腎皮質系の亢進(高コルチゾン血症、高血圧・アテロームの形成)▽交感神経の亢進/副交感神経の低下(心拍変動の低下、致死的不整脈のリスク増大)▽血小板機能の活性─。
 うつ症状を呈した患者は、何らかの身体症状が現れて受診する際、内科(64.7%)や婦人科(9.5%)、脳外科(8.4%)をまず訪れる。精神科を初診診療科に選ぶ割合は5.6%に過ぎない(三木治「心身医学」)。
 うつ病の病態生理に詳しくない一般医は、患者とのコミュニケーションを避け、安易に精神科医へ送ってしまう傾向が見られるという。一方、精神科医は、病棟を閉鎖する公的医療機関が増える中でキャパシティーの限界を超え、さらに無理解な一般医による不適切な発言に不信感を募らせる。名刺交換会や講演会、勉強会などを通じて一般医と精神科医の交流を図ってきた活動から「一般医も自分で経過観察する」「一般医で身体症状に対応した上で抗うつ薬など治療方針に関して精神科医がアドバイスする」「SSRI など抗うつ薬を一般医で処方する場合、いきなり1カ月の処方をするのではなく、小まめに診察することが望ましい」といったさまざまな実践ノウハウが得られた。講演の最後に石藏氏は、今後の問題点として要した診療時間に見合う診療報酬や企業に乏しいメンタルヘルスの認識、高齢者問題などを指摘した。


基調講演Ⅱ「うつ病の薬物療法:一般医が処方するときの注意点と精神科に紹介するタイミング」
療法のポイントとなる「双極性障害」のチェック

日本精神神経科診療所協会会長 渡辺洋一郎氏
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 内閣府「自殺対策官民連携協働会議」委員も務める渡辺洋一郎氏は、一般医のうつ病診療の課題について診断の困難さに加え、治療導入の難しさ、簡単に治るとは言えないことなどを強調した。
 うつ病の薬物療法には、次の種類がある。▽抗うつ薬(SSRI、SNRI、三環系、四環系)=神経伝達物質の働きを促進/少量から始めて速やかに十分量を使用/副作用;消化器症状、眠気)/継続的、長期的に使用して急に止めない▽抗不安薬(主としてベンゾジアゼピン系薬物)=不安・緊張・身体症状、イライラ感などの軽減/一時的、対処療法的使用;長期使用には要注意/副作用;眠気、ふらつき、依存性など▽睡眠薬(主としてベンゾジアゼピン系抗不安薬)=不眠の改善/一時的、対処療法的使用;長期使用には要注意/副作用;ふらつき、朝の眠気、依存性など▽気分調整薬(リチウム、抗てんかん薬・抗精神病薬の一部)=躁病相・うつ病相の治療と予防/継続的・長期的使用/副作用;振戦、甲状腺機能障害、リチウム中毒など)▽抗精神病薬の一部=強い不安焦燥感の改善、不眠の改善/副作用;眠気錐体外路症状、プロラクチン分泌亢進(生理不順・乳汁分泌など)─など。
 薬物療法では、過去にうつと反対の症状(躁状態)がなかったかの「双極性障害」のチェックが重要になる。双極性では、原則として抗うつ薬は使用しない。その他の留意点として

治療開始時(①治療継続が最重要②不眠症状への積極的対応③イライラ・焦燥症状への対応④薬剤の使い分け)

治療中期(①薬剤の増量の検討②薬剤の変更の検討)

治療後期(①減薬の検討②薬物療法中止の検討)

が挙げられた。
 プライマリケアでは、うつ状態を見落とさないように配慮するとともに、うつ病患者を専門医へ紹介した方が良い目安として重症度(拒食、強度の不眠や精神運動抑制など)、自殺の危険性、病識の欠如、特殊な臨床像(疎通性が確立できない、広範で奇妙な妄想など)、頻回のうつ病相の既往、躁状態の既往、治療抵抗性、治療反応の不良─が示された。
 また、近年話題になっている、いわゆる「新型うつ」に関して渡辺氏は「医学的な病名でなく、さまざまな病態が混在している」との見解を明らかにし、パーソナリティーや発達の課題を抱えた適応障害が多いが、同時にうつ病レベルのものもあるので見落とさないようにする、その基本は「うつ症状の継続性の有無」と説明した。

パネルディスカッション「一般医と精神科医の連携と問題点」

大阪府内科医会副会長 樋口徹氏
大阪精神科診療所協会会長 堤俊仁氏
弁護士 山田長伸氏
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 第2部のパネルディスカッションでは、大阪府内科医会副会長の樋口徹、大阪精神科診療所協会会長の堤俊仁の両氏が加わり、メンタルヘルス全般をめぐる今日的な話題が交わされた。
 この中で樋口氏は、高齢化を背景に認知症を伴う症例が増えていることを指摘。家族との関わりの難しさに言及した。この認知症問題に対し、精神科専門医の堤氏は「認知症医療の中で介護との連携の重要性が増しており、特に初期診断やBPSD への対応などで、地域においても診療などにいる精神科医の果たす役割が求められている」とメンタルヘルスと同様、この面の強化が課題になっているとの認識を示した。

ワンポイントアドバイス
「 うつ病患者の自殺と医師の民事責任」
弁護士 山田長伸氏

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 人事・労務を専門とする弁護士の山田長伸氏からは、診察しているうつ病患者に自殺された際に問われる責任の範囲が判例と併せてレクチャーされた。
 民法では、原則として結果(結果の発生)ではなく、行為者の「落ち度」を根拠に責任が問われるという過失責任主義が採用されている。過失が認められるためには、その前提として結果の発生が予見できたか、結果を回避する可能性があったかが問われる。うつ病は、自殺の危険性がゼロではないため、過失があると見なされるケースは、判例上「具体的かつ切迫した可能性」が認められるときに限られている。そして、この判断要素について山田氏は

①自殺の危険因子(企図歴、最近の自殺念慮の表明、解決困難な持続性ストレス負荷など)

②防御因子(守る価値のあるものの存在、良好な家族関係や人的サポートなど)

③自殺前兆候の有無

を例示した。