大阪府内科医会からのお知らせ

クリニックマガジン10月号掲載(2013年)

大阪府内科医会/大阪産婦人科医会共催『Project for Young Generation

HPVワクチンとの関連で注目される

CRPS(複合性局所疼痛症候群)を疼痛の専門家が解説

 4月に定期接種化されたHPVワクチンをめぐって現場の臨床医は困惑している。接種後の有害事象が大きく報道されて、厚生労働省が「積極的に推奨しない」方針に転換したためだ。そもそもマスコミ報道で有名になったCRPS(複合性局所疼痛症候群)とはどのような病態なのか。大阪府内科医会と大阪産婦人科医会は、7月にHPVワクチンの中長期的な効果を検証するOCEAN Studyへの参加施設を募る目的で『Project for Young Generation』を開催したが、疼痛医学の専門家である大阪大学の柴田政彦氏がCRPSの実態を解説するタイムリーな講演会であったため。会場が超満員となるほど実地医家の関心を集めた(編集部)

厚生労働省の予防接種・ワクチン分科会の報告された日本のHPVワクチン10万接種当たりのCRPS(複合性局所疼痛症候群)発現例は2価ワクチンで0.028回、4価ワクチンで0.18回。海外より日本の発現率が高くなっている。子宮がんの実態と治療について講演した新潟大学大学院産婦人科学教授の榎本隆之氏は、わが国における子宮頸がん患者の急増とHPVワクチンで約7割の発症が予防できることを説明し、確率論でいえばワクチンによる発症予防効果は、副反応のリスクを遥かに上回ることを強調した。それに続き、大阪大学大学院疼痛医学講座教授の柴田政彦氏がCRPS、およびワクチン接種との関連を次のように解説した。

 

HPVワクチン接種後に起こった"有害事象"~』

大阪大学大学院医学系研究科疼痛医学講座教授 柴田政彦氏  柴田 (200x133).jpg

 

 CRPSの発症には医学的要因と社会心理的な要因がある

 

HPVワクチン接種と異常痛の因果関係について、今の時点で皆様に納得していだけるデータを示すことはできない」柴田氏はこう断ったうえで、CRPSとワクチン接種の問題について講演した。柴田氏は大阪大学病院で異常痛の患者を診療し、厚生労働省の痛みセンター設立事業に参加していることから、ワクチンによるCRPSに関しても、調査に協力している。柴田氏は、CRPSとは、カウザルギーと反射性交換神経性ジストロフィーを合わせた病名で、1994年に国際疼痛学会で提唱されたと説明。2005年に国際疼痛学会で新たな診断基準が提案されたが、「痛みには心理的な側面もあり、それが動きを制限して慢性化するメカニズムがあるため、必ずしも病気なのかはっきりしない」ことから、日本では2007年に厚労省から『判定指標』として発表された。では、日常診療でCRPSという病名はどのような意味で用いられているのか(表1)。


表1 日常臨床でCRPSという病名が実際にはどのような意味で使われているか?

 

 ●骨折などの治療のため、ギプス固定後に浮腫、骨萎縮、関節拘縮が

  短期間に進行する症例

 

 ●神経損傷後痛で痛みの範囲が広いもの(カウザルギー)

 

 ●原因不明で治療に反応しにくい痛み

 

 ●アロディニア(傷などはないのに皮膚に触れるだけで痛いという症状)

 

 ●著しい筋萎縮や関節拘縮

 

 ●交感神経ブロックに反応する痛み

                         資料提供:柴田政彦氏

典型例は、橈骨骨折などのギプス固定後に、手が腫れて上肢全体に痛みが広がり、長期に動かさないことにより関節拘縮に至るような症例である。また、神経損傷で痛みが広範囲に広がる例がカウザルギーであり、米軍の調査では第2次大戦で負傷した兵士の約5%、ベトナム戦争では約2%が発症したとされる。肺がん手術などで肋間神経を損傷した場合も、術後に痛みが遷延しやすいという。

実際に阪大病院にCRPS疑いで紹介されてくる症例では、骨折や神経損傷後の疼痛遷延といった医学的要因の強い患者はあまり多くはなく、「原因不明で治療反応性の乏しい痛みに対して『CRPS』の病名が用いられることが多いようだ」と柴田氏は指摘する。ありがちなのは、CRPSと診断された患者や家族がインターネットで検索し、「非常に重症度の高い奇病難病といった記載を見つけて、ますます不安になる」というパターンで、「その不安から、患部を動かさなくなって、機能回復が遅れる例がよく見られる」という。

そうした患者の話に耳を傾け、CRPSをわかりやすく説明し、「大丈夫、動かせば治ります」と安心させると驚くほどの回復を見せることが多い。「痛みに対しての情報、感情の影響は非常に大きい」と柴田氏は長年の臨床経験を踏まえて話した。続けて、「今の医療システムでは医学的理由で説明できないときに、心理的な面などに踏みこんだ治療ができていない」と問題提起。学会でもその必要性を訴えていると述べた。

 一方、CRPSの発症頻度は、オランダで10万人中25人、米国では10万人中5.5人という疫学調査データがある。米国の発症頻度を大阪府北部(約500万人)に当てはめると年間270人だが、阪大病院の診療実績は年間10人程度であり、柴田氏は「日本ではそこまで多くないのではないか」と実感を語った。

 

ワクチンとの関連も無視できず

症例データの収集が重要

 

 今回、CRPSによるジストニア(不随意運動障害)が大きく報道された。では、CRPSに伴うジストニアは心因性のものなのか。「現在、臨床科学のトップジャーナルでも議論されているが、賛否両論が真っ向から対立し、結果は出ていない」という。ただ、「『neurology』の論文で米軍軍医が指摘しているように、CRPSに時に詐病が交じることも事実」であり、「個人的には心理的な影響が大きいと思っている」と柴田氏は見解を述べた。しかし一方で、一部の患者は些細なことをきっかけに症状が先鋭化し、ジストニアに至ることもある。また、柴田氏はワクチン有害事象を報道したマスコミの姿勢に触れ、「『上肢の痛みが下肢に移る』などと、CRPSがあたかも進行していくような恐ろしい印象を与える記事になっている」と批判し、患者が不安になって、些細な痛みからCRPSに陥る可能性もあると危惧した。

実際にワクチン接種後の異常痛を診療した医師は少ないが、「ある小児神経の専門医はアジュバントとの関連を疑っていた」と柴田氏はいう。自身でもワクチン接種後の異常痛を訴える患者2人を診療したが、原因不明の全身倦怠感があり、否定はできないがワクチンとの関連がわからない患者と、接種後の疼痛部位に硬結があり、何らかの関連が考えられる患者がいたという。これらのことから、柴田氏は「因果関係はわからないが、ワクチンの影響も現在のところは無視できない」として、症例データの収集が非常に重要との認識を示し、「厚労省が主導的な役割を果たして調査を進めてほしい」と結んだ。