大阪府内科医会からのお知らせ

クリニックマガジン2月号(2017.12.26 堺市医師会内科医会学術講演会)

女性の体と心を支えて次世代へ
       「生命」リレーする漢方医学

 大阪府内科医会(会長・福田正博氏)は12 月26 日、堺市医師会内科医会との共催で学術講演会を行った。思春期から妊活、周産期、子育て、更年期、老齢期に至る女性のライフサイクルは、その「女性性」によって心身にさまざまな負荷が加わる。女性を取り巻く社会環境が大きく変わる中「女性と漢方」をテーマに取り上げた講演会当日では、産婦人科領域の日常診療で漢方薬が効果を現わす症例報告と併せ、実地医家に役立つ実践テクニックが伝えられた。

心身一如の概念で改善される女性の健康障害

いのちを繋(つな)ぐ女性の笑顔を守るために

           ―漢方にできることがあります―

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香川県立保健医療大学 保健医療学部看護学科/大学院保健医療学研究科 教授 塩田敦子氏

独自の理論体系で
     女性の不調にアプローチ
 
 東洋医学のエッセンスを盛り込んだ看護基礎教育に取り組む香川県立保健医療大学教授の塩田敦子氏は、漢方薬を処方する意義について「草根木皮を原料にした生薬が用いられており、いのちを繋ぐ使命を持つ女性の体に優しい」と説明。女性ホルモン(エストロゲン)のリズムを内在する女性と、性差医学の視点を持つ漢方の親和性を評価した。

 初潮から閉経、老齢期へと進むライフステージにおいて女性は、性感染症、望まない妊娠、摂食障害、月経にまつわる諸症状(月経不順、続発性無月経、月経困難症、月経前症候群、過多月経)、子宮・卵巣・乳腺の疾患、不妊症、妊娠・出産・育児に伴う心身の変化、更年期障害、骨粗鬆症、動脈硬化、認知症、メタボ・ロコモ・サルコペニア・フレイルなどの老年症候群といった不調に悩まされる。それぞれの症状に鎮痛剤やホルモン剤、向精神薬などを処方する西洋医学に対し、漢方医学ではその人の体質や歴史を含めて漢方薬を選ぶので、症状そのものに処方するというより、症状を持っているその人に処方するイメージである。陰陽論、気血水理論、五行論など独自の体系に基づく漢方は「心身一如」「天人合一」の概念を持ち、バランスの崩れを個々の「証」と捉え、それに応じた方剤を選ぶ。方剤は、それぞれ生薬の組み合わせとその割合によってその薬効の方向が決まっていて、崩れたバランスを整え自然治癒力を高めるように働く。

 バランスの崩れを見極める物差しにはいくつかあるが、慢性の症状は、五臓六腑をめぐる気(生命活動を支えるエネルギー)・血(栄養を運ぶ主に血液)、水(リンパ液、唾液、尿など血液以外の体液)の量、流れ方の乱れで考えると分かりやすい。▽気=気滞(うつ症状、不安、不眠)/気逆(冷えのぼせ、発作性動悸/気虚(疲れやすい、食欲不振)▽血=瘀血(頭痛・月経痛など痛み、しみ、くま、痔)/血虚(顔色不良、皮膚乾燥、脱毛)▽水=水滞(吐き気、めまい、浮腫、尿量異常、口渇)/乾燥(かゆみ、咳、肌荒れ)─。ちなみに月経に起因する血の道症は、どこかで血流が停滞した微小循環不全の瘀血として捉えられ、血けつにプラスして気、あるいは水をめぐらせると良いのか、冷えはないか、胃腸の状態はどうか、ストレスが多いようなら柴胡剤を使うかといった判断が重ねられる。違った体系からオーダーメードで処方を考える「漢方の難しさ」が指摘されるが、「口訣」といって「こんな人にはこの薬」という言い伝えがあり、病名のみで処方して効果的なことも多いと述べた。

 一般的にマイルドなイメージの漢方薬だが、食物アレルギーがあるように副作用も起こることがあるので注意が必要である。
 これらを踏まえ、漢方薬の役割について塩田氏は、次のようにまとめた。


①漢方薬そのものの効果  ②治療の端緒

③ホルモン療法、向精神薬の減量  ④ホルモン療法、向精神薬の副作用軽減

⑤ホルモン療法、向精神薬で残る症状の改善  ⑥医師と患者の関係を良好にし、全人的医療を行う

⑦自分の健康への信頼感を取り戻してもらう─。

知っておきたい血流促す
       「女性の3大処方」

 医療用漢方製剤148 処方のうち、血の流れを良くする「桂枝茯苓丸」「当帰芍薬散」「加味逍遥散」は「女性の3大処方」として婦人科診療ガイドラインにも収載され、推奨されている。月経困難症や月経前症候群(PMS)、月経不順、更年期障害などライフサイクルに沿って起こる女性特有のイベントは、この3大処方をベースにして発展させることが多い。塩田氏は、痛み=瘀血が主体の月経困難症には当帰芍薬散をベースに、冷えがあれば当帰建中湯、当帰四逆加呉茱萸生姜湯を考える。気滞や瘀血があると症状が出やすいPMS には、他人にあたってしまう人に向く加味逍遥散をベースに、自分を責めてしまいやすい人に抑肝散加陳皮半夏、情緒不安定で急迫的な行動のある人には甘麦大棗湯を考える。月経不順、不妊症では当帰芍薬散をベースに、乾燥のある人なら温経湯とする。更年期障害はその人の長い歴史があり、瘀血に加えて、加齢に伴う腎虚、閉経後の自律神経失調から起こる気逆、頑張り過ぎてしまっての血虚が起こりやすく、桂枝茯苓丸をベースにしながら、環境による多様なストレスも考え、理気剤(半夏厚朴湯、香蘇散)や多くの柴胡剤、補腎剤(八味地黄丸)などそれぞれの症状に適した方剤が紹介された。また慢性疼痛に対する漢方の考え方、処方についても紹介された。

 特に漢方薬が効果的な冷えに関しては「旬の食材を室温以上で」「足湯や入浴剤の利用」など冷えを克服する衣食住の工夫のほか、漢方で考える冷えのタイプとして▽全身型=真正の寒証で新陳代謝低下型。生体反応が低下して熱産生ができない気虚(真武湯、八味地黄丸)▽上熱下寒型=冷えのぼせ状態の自律神経失調型。気逆、瘀血(桂枝茯苓丸、加味逍遥散)▽四肢末端型=瘀血の冷えで末梢循環不全型。血虚が加わるとさらに手足の先が冷える(当帰四逆加呉茱萸生姜湯、温経湯、当帰芍薬散)▽冷えて症状が出る(頭痛、腹痛、腰痛、下痢、頻尿、鼻水など)=多くは腎虚、脾虚、水毒(水滞)─を挙げた。

 産婦人科医として外来診療にもあたる塩田氏は、特別な問診票を作成せず、共感しながら聞くことを心がけているという。また、診察に際しては完璧を求めず、効果を判定するための残薬確認と漢方的な解釈および期待される効果を話すとともに、明るい気持ちで帰宅してもらえるよう声かけを実践している。併せて講演では、漢方を看護基礎教育に応用させるe- ラーニング教材づくりの必要性や母性看護・助産学、小児看護学、在宅・老年看護、災害看護、緩和ケアの領域でも看護スタッフとともに「漢方の知恵」を活用したいと強調した。