大阪府内科医会からのお知らせ

クリニックマガジン12月号(2017.10.26 漢方シリーズ第4回)

大阪府内科医会 学術講演会漢方シリーズ第4回

実地医家の日常診療に役立つ
        風邪と喘息の漢方治療

 大阪府内科医会(会長:福田正博氏)は10 月26 日、大阪市内で学術講演会を開催した。およそ9割の医師が処方経験を持つ漢方薬(日本漢方生薬製剤協会調べ)だが、多くの場合、マニュアル的な病名漢方にとどまっているとみられる。個々の患者の病態や体質に合わせて心身の調和を図る漢方医学は、原因を特定できない症状やいわゆる未病の状態にも対処できる。漢方シリーズとして第4回目を数える今回は、風邪と喘息を中心にした解説が行われた。(編集部)

『呼吸器疾患の漢方』

 急性期と亜急性期で異なる 

         風邪の根本治療剤

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センプククリニック 院長 千福貞博氏

五感を駆使した「四診」で
        診断する患者の証

 漢方医学は、独自の診察方法である「四診(ししん)」で患者の「証(しょう)」を見極める。漢方臨床において重視される順に▽望診(ぼうしん)=顔色、表情、体型、姿勢、肌のつやなどを観察。舌の状態を診る舌診(ぜっしん)も含まれる▽聞診(ぶんしん)=医師が聴覚と嗅覚を働かせて患者の声の調子、呼吸音、口臭・体臭といったsigns を集める▽問診=西洋医学とほぼ同じ▽切診(せっしん)=脈拍数や脈の深さを診る「脈診」と、腹部に触れる「腹診」─の4つからなる。加えて個々の証と不調の原因となる「気(き)・血(けつ)・水(すい)」の過不足を探る。全都道府県を回る漢方講演に臨み、昨年夏に2周目を達成するなど巧みな話術と分かりやすい内容で好評を博すセンプククリニックの千福貞博氏は、このたび脈診ならびに舌診のポイントを示したうえ、風邪の診療に有用な処方を詳しく解説した。
 漢方医学の脈診は、不整脈の有無や心拍数を測るだけの西洋医学と異なり、動脈の位置(浮・沈)、回数(数(さく)・遅)、強弱(虚・実)など28 脈を鑑別し、証を決める。風邪の診断には、腕関節の橈骨動脈に人さし指・中指・薬指を軽く当てるだけで触れる浮脈か、爪先が白くなるまで押さえないと感じ取れない沈脈かを調べるだけでもいいと説明された。
 四診に関して千福氏は「五感を用いて診断する」と味覚も含まれることに言及。証に合った生薬は、孔子の名言「良薬は口に苦し」に反し、おいしく感じられるということから味証、すなわち患者の味覚を利用する方法として使える。このように漢方医学は、診断名が付かなくても「証」で治療薬を処方できる。漢方医学の問診は西洋医学と同じだが、和漢診療学の創始者である寺澤捷年氏が唱えた「あのさめ大小」(汗の有無/喉の不快/冷え/めまい/大便の性状/小便の回数・性状)の問診を追加すると証の把握に役立つ。特に風邪に対しては、汗の状態を必ず確認することが推奨された。
舌の色や形、舌苔(ぜったい)などを観察する舌診をめぐっては、風邪の際によく現れる白苔舌と紅舌を映写。コーヒーなどで着色されると見分けにくい白苔舌と黄苔舌について「舌の正中に稲妻のようなギザギザ(裂)が走っていたら黄苔舌」とのワンポイントアドバイスが加えられた。
風邪に処方される漢方薬は、基本的に次の10 処方の中から選ばれる。
 ①葛根湯⑨小柴胡湯⑩柴胡桂枝湯⑰五苓散⑲小青竜湯㉙麦門冬湯㊶補中益気湯○73 柴陥湯○127 麻黄附子細辛湯○138 桔梗湯─(丸カッコ内はツムラの製剤番号)。
 漢方医学と西洋医学の"二刀流"の処方は、配合禁忌となる「石膏とニューキノロン系抗生物質」と、どちらもb 刺激で重複するため動悸や不眠、振顫、排尿障害などを起こす恐れのある「麻黄と気管支拡張剤」を除き、まず問題ない。千福氏は「中3までは、麻黄湯も選択肢に入る」と助言。小児は麻黄(エフェドリン)の副作用に強く「インフルエンザで抗ウイルス剤と併用しても大丈夫」との見解が示された。
 風邪は、発汗を挟んで急性期と亜急性期に分かれる。まだ汗の出ていない急性期で脈が浮(ふ)の時は麻黄湯か葛根湯で、特に天柱と呼ばれる頸部のツボに凝りがあれば葛根湯がより適している。一方、この急性期に脈が沈(ちん)だと麻黄附子細辛湯の処方になる。発汗して亜急性期に移行すると小柴胡湯など柴胡剤が適用される。発汗後、舌に現れる微白苔および舌尖紅は、典型的な風邪の亜急性期の舌診所見だという。
第7病日以降の慢性期には補中益気湯などの補剤が適しているが、咳だけ残るCVA(cough variantasthma:咳喘息)のような時は麦門冬湯、柴朴湯、清肺湯、柴陥湯のいずれかと西洋薬の組み合わせになる。CVA は感冒などの後、長期に続く「喘鳴(ぜんめい)を伴わない咳」が診断根拠となる。講演では、テオフィリン剤内服やb 刺激剤貼付を中心に抗LT 拮抗剤、抗ヒスタミン剤、麦門冬湯などで著効に至らなかった男性弁護士(43)に対し、柴陥湯だけで有効だった症例が報告された。CVA は病名でなく"症状病名"であることから「検査がいらず、こむらがえりなどと同じく(科学的検査がない)弥生時代でも診断可能」と病名漢方とは少し異なると言い表した。
 この他、風邪に対する小技の解説があった。▽咽頭痛=桔梗湯(葛根湯や小柴胡湯と合方すると◎)。白湯に溶かし、30 秒間うがいして飲むとさらに効果的▽頭痛=川芎茶調散/五苓散/白苔があれば柴苓湯▽鼻炎=葛根湯加川芎辛夷/小青竜湯/麻黄附子細辛湯▽小児の風邪=小柴胡湯・香蘇散・小建中湯のどれがおいしく感じるかテスト。甘い膠飴(こうい)を含有する小建中湯から始めるとベター▽急性扁桃炎=【急性期】葛根湯/桔梗湯【亜急性期】小柴胡湯/桔梗湯。いずれもニューキノロン系に注意▽妊婦・高齢者=参蘇飲─など。

西洋医学的なアプローチ通用する気管支喘息

 気管支喘息に関しては、西洋医学的なアプローチが通用する。気管支拡張、喀痰排出促進、抗炎症、精神安定、胃酸逆流防止のどこに力点を置くかを考え、それに適した生薬を当てはめ、その配合漢方処方を選択する。代表的な処方として幕末の名医、浅田宗伯が創方した神秘湯がある。7種類の生薬で構成されている神秘湯は麻黄剤の一つ。張沖景が傷寒論の中で "禁じ手"にしていたと思われる「麻黄」と「柴胡」が同時に配合されている。これは現在、喘息治療の主流に位置づけられている「長時間作用型b2 刺激薬(LABA)+ steroid」の形に似ているとの見方が示された。
 また、気管支喘息によく使われる麦門冬湯の配合生薬・麦門冬は「鎮咳剤でなくネブライザー」と説明された。したがってdry cough に適し、口腔内や眼球の乾燥、アトピーによる乾燥肌にも使える。しかも半夏+大棗の配合によって心の状態まで潤すという。
 当日は不眠症についても取り上げられ、インフルエンザ、風邪、肺炎などの回復期に使われる竹茹温胆湯(ちくじょうんたんとう)の不眠症に対する著効例が報告された。千福氏は、クリニックで行った集計データと併せて古典をひもとき、竹茹温胆湯が炎症性サイトカインを原因とするような睡眠障害には有効な半面、うつ病患者の不眠症には効果が弱いとまとめた。