大阪府内科医会からのお知らせ

クリニックマガジン5月号(2017.3.22定例学術講演会)

実地医家の診断確定に論拠加える

            思考プロセス「臨床推論」

大阪府内科医会(会長・福田正博氏)は3月22 日、大阪市内で定例学術講演会を開催した。実地医家の役割は、健康でない状態の原因や重篤な疾患につながる兆候を見逃さず、初期の段階で適切な方針を定めることだが、その診断を導き出す思考プロセス「臨床推論」に認知心理学の知見から新たなアプローチが進められているという。根拠に基づく医療(EBM)が推進される中、臨床推論は、理学・検査・画像それぞれの所見の精度を向上させる有効なツールといえよう。


「検査に頼り切らずに診断に迫る

           ~臨床内科医にこそ必要な臨床推論の知識と技術~」

組み合わせて使うパターン認識と分析的推論

大阪医科大学地域総合医療科学寄附講座 特別任命教員教授

大阪医科大学附属病院総合診療科 科長 鈴木富雄氏

5月号【大内会】鈴木富雄氏.JPG

参考にしたい問題解決に至る熟練者の思考過程

 事象や情報を捉えて行動に移す際、われわれは、直感的に判断を下すケースがよくある。知覚・理解・記憶・思考・学習・問題解決等、高次認知機能を研究する認知心理学では、直感的推論(snap diagnosis /パターン認識法)を「システム1」の推論と位置付け、短期作業記憶領域における処理と分類している。これに対して「システム2」となる分析的推論は、長期作業記憶領域に属し、論理的な思考回路で応用問題や複雑系に対応する。講演会当日、講師を務めた大阪医科大学附属病院総合診療科の鈴木富雄氏は冒頭、思考の過程で情報処理を構成するこの2系統の推論=「二重プロセス理論」について説明した。
 医師が患者を前にすると、まずはシステム1の短期作業記憶領域の思考が働く。例えば「片側性の拍動性頭痛の若い患者を診た瞬間に片頭痛が頭に浮かぶ」というような感じである。これが直感的推論であり、パターン化された認識法である。システム1ではうまく診断できないときにシステム2の思考が働き始める
 ただし、システム1と同2は、明確に分かれているのではなく、有機的に関連して存在する。NHK の病名推理エンターテインメント番組『総合診療医 ドクターG』に出演するなど臨床推論に詳しい鈴木氏は、熟練者の頭の中に多数のファイルキャビネット(長期作業記憶)が置かれた状態に例えて二重プロセス理論のイメージを伝えた。
 長期作業記憶領域にある材料(情報や知見等)は、脳内で無数の引き出しに収められている。熟練者の引き出しは▽中身が有用に整理されている▽スムーズに自在に開けられる▽中身が透けて見える▽ラベルにメニューが書かれている▽取っ手が引っ張りやすい―との仮説が立てられる。熟達者でない初学者や学生は長期作業記憶領域の引き出しが整理されておらず、すぐに引っ張り出すことができない。
 記憶の仕組みをめぐる認知負荷理論上、システム1の短期作業記憶領域のスペースは、熟練者も初学者も同じである。この例として鈴木氏は、数字や画像等短期的に人間が覚えられる容量が7個までという、記憶術にも用いられている「マジカルナンバー7(誤差±2)」の現象を挙げた。
 熟練者は、システム1だけでも多くの情報を利用できる。前記した仮説のキーワードとなる「チャンキング」を使うと、限られた短期作業記憶領域の中での認知プロセスに余裕が生じる。認知心理学におけるチャンキングとは、容量の小さい作業記憶で扱えるように知識を構造化して圧縮することを指す。実地医家は、診察室で患者を迎えて話を聴いた瞬間に、すでにチャンキングしているといえる。
 臨床推論でしばしば頻繁に用いられるチャンキング テクニックのSQ(Semantic Qualifier)は、患者の主訴を医学用語に置き換えることで、その兆候を客観的に把握できるようになる。SQ を有効に活用するためには、病歴や身体所見等患者情報を正しく収集することに加え、その情報を適切な医学用語に翻訳し、さらに引き出しのラベルに合った中身をまとめて入れておき、その一つ一つに精通しておかなければならない。例えば、頭痛の鑑別時、実地医家は、見逃すと予後の悪い疾患(脳腫瘍)、緊急性の高い疾患(くも膜下出血)、頻度の高い疾患(緊張性頭痛・片頭痛)が瞬時に浮かび上がってくる。IT 用語のスクリプトは、疾患にも当てはめられる。この場合のスクリプトは、疾患を臨床的所見やリスク因子、病態生理学、自然経過によって分類するスキーマ(情報をまとめ、解釈する際に役立つ認知的な枠組み)を意味する。実地医家が疾患の知識や経験に基づき、独自に展開するため当然、各論の知識と豊富な経験を要するが、やはりこれがあって初めて、適切なチャンキングにつながる。また、ヒューリスティック(経験則/早道思考)によって直感的に頭に浮かんだ疾患群は、さまざまな認知バイアス=偏見(①その特徴を有する集団=疾患を思考する②思い出しやすい最近の症例に影響される③最初に想起した疾患の事前確率を高く見積もるなど)の影響を受ける可能性がある。そのことを十分意識しておくことも重要である。

診断仮説に情報を集めて検証する仮説演繹法

 一方、長期作業記憶領域における分析的推論の代表的なパターンとして徹底的検討法、アルゴリズム法、仮説演繹法が挙げられた。
 徹底的検討法は、医学生が暗唱させられるVINDICATE-P がよく知られている。Vascular(血管性)、Infection(感染症)、Neoplasm(腫瘍)、Degenerative( 変性疾患)、Intoxication / Iatrogenic(中毒/医原性)、Congenital(先天性疾患)、Auto-immune( 自己免疫疾患)、Trauma(外傷)、Endocrine(内分泌)、Psychiatry(精神科疾患)の頭文字を取った造語で鑑別疾患の手掛かりとなる。この手法のメリットは「識別診断の漏れをなくし、想起を広く促す」「個別診断があまり浮かんでこないときに役立つ」「鑑別診断の勉強のためには非常に有用で、教育的カンファレンスではしばしば用いられる」等。デメリットについては、緊急性の高い現場でほとんど使えないことが指摘されている。
 コンピュータプログラムや数学、言語学等で問題を解くための手順として用いられるアルゴリズム法も分析的推論に取り入れられている。めまいを例にとると、回転性→耳の症状あり・なし/非回転性→立ちくらみと多分岐で絞り込んでいく。考え方の筋道を整理する際に便利だが、同時に多数の要素が複雑に関わる場合には不適であり、さらにアルゴリズムに載らない場合は判断できない。
 仮説演繹法は、経験的事実から仮説を導き出し、そこから演繹して具体的な命題を示した上、観察や実験によって検証していく手法である。具体的な命題が検証されれば、最初の仮説の妥当性が高められ、逆に認められないとその仮説は見直されなければならない。想起した疾患については、条件付き確率に関して成り立つ「ベイズの定理」を用いて診断を確定し、治療に移るが、鈴木氏は「次に行う検査が診断確定に際してどのような意味を持つのか、想起している疾患の事前確率をどのくらい上げたり下げたりできる価値のあるものなのかを常に意識することが重要」と強調した。

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