大阪府内科医会からのお知らせ

クリニックマガジン11月号掲載【H28.9.29 定例学術講演会】

9月定例学術講演会

全てのHIV陽性者に抗HIV療法を

大阪府内科医会(会長:福田正博氏)は9 月29 日、大阪市内で定例学術講演会を開催した。毎年12 月1日の『世界エイズデー』を控え、国際レベルでエイズのまん延防止と患者・感染者に対する差別や偏見の解消に向けた啓発活動が高まる中、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染症対策ならびにCRE(カルバペネム系抗菌薬に耐性を示す腸内細菌科細菌)アウトブレイクについての現状が報告された。いずれも社会的に深刻な問題でありながら、実地医家にとってなじみの薄い領域となっており、その認識を深めることが望まれる
 
『感染症対策への取り組み』

通院継続で治療の成功が得られる。
陽性者が感染を知ることが重要

国立病院機構大阪医療センター
感染制御部感染制御部長/感染症内科 科長 上平朝子氏

大阪医療センター 上平朝子氏.JPG


1日1回1錠STR(Single TabletRegimen)の時代に入った抗HIV療法

HIV 感染症は、発熱やリンパ節の腫れ、咽頭炎、発疹、下痢といった一過性の初期症状が現れる。この急性期にウイルス量が急増した後、明瞭な症状の見られない無症候性キャリア期(人によって異なるが約5~ 10 年)に入る。治療しないと免疫不全は進行し、最終的にエイズ特有の病気や症状が出る。エイズ指標疾患は、真菌症やウイルス感染症、細菌感染症、原虫症など23 の疾患が定められている。
HIV 感染症の治療は、日和見感染症の治療と、HIV そのものにアプローチする抗HIV 療法の2本立てで進められる。近畿ブロックにおけるHIV /エイズ治療拠点病院となっている国立病院機構大阪医療センター(大阪市中央区)でHIV 感染者の診療にあたる上平朝子氏は、HIV 感染症に対する多剤併用療法である抗HIV 療法;ART(Anti-Retroviral Therapy)の現状を説明するとともに、何よりも全てのHIV感染者に治療が求められると強調した。西暦2000 年以前、1日10 錠を超える服薬が必要だった抗HIV 療法は、抗HIV 薬の進歩により、副作用が軽減され、合剤化も進み、1日1回1錠で良好な抗ウイルス効果が得られるようになってきている。服用期間は終生にわたるが、血中のHIVのウイルス量を検出感度未満に抑え続けることでCD 4陽性リンパ球を増やし、免疫能の回復・維持を図る。
HIV に対する効果的なワクチンがまだ開発されていない現在、パートナーへの感染を9割以上の確率で予防できるART は最大の防御と位置付けられる。HIV の国連合同エイズ計画(UNAIDS)によると、全ての感染者にART を導入すると2030 年までに2100 万人のエイズ関連の死亡と2800 万人の新たな感染を回避することができるという。世界では、200 万人の新規感染者を数えるが、2000 年時点と比較して35%減少しており、子どもの新規感染も2001 年より58%減少している(2014 年)。同様に死亡者数も2004年のピーク時から42%減っている。国内のHIV 感染者およびエイズ患者は、年ごとに増減を繰り返しつつ、全般的に増加が抑えられている傾向を示している。その内訳は、2016年6月末▽2万6607 人=エイズ患者8270 人/ HIV 感染者1 万8337人)で、日本国籍の男性が多く、感染経路別では9割が性行為によって感染し、MSM(men who have sexwith men)で増えている。
国連合同エイズ計画では、2030年までにエイズ流行を終結させることが目標に掲げられている。具体的には、2020 年までにHIV 陽性者の90%が自らの感染を知り、うち90%が抗HIV 治療を受けられ、さらにその90%がウイルス量を抑えられるようにする「90 ‐ 90 ‐ 90」の目標が挙げられている。これに関して上平氏は「日本の場合、診断されたHIV 陽性者の約9割が抗HIV 治療を受けられており、通院が継続できれば治療の成功が得られる。問題は、陽性者が自分の感染を知ること」と訴え、HIV 感染症をめぐる実地医家の認識と早期診断に結びつくHIV 検査の積極的な実施を呼び掛けた。
HIV 感染症は、梅毒やクラミジア、淋菌など性感染症(STD)を併せ持っているケースが少なくない。上平氏は、HIV 感染症がSTDの1つであることを指摘した上、他の性感染症(梅毒、A 型・B 型・C型肝炎、アメーバ赤痢、性器ヘルペス、尖圭コンジローマ、クラミジア感染症、性器カンジダ症)の合併や既往歴があれば、HIV 検査を勧めていいとした。なお、HIV 感染に関連しやすいSTD や間質性肺炎など後天性免疫不全症候群の可能性を否定できない状況などエイズ指標疾患が疑われる場合、HIV 検査は保険適用される。
併せて上平氏は、診療現場における「標準予防策の遵守」を促した。HIV 感染者であるか否かにかかわらず、感染性のある血液・体液に触れる可能性のあるときは、手袋を使用し、針刺しや体液暴露の防止に努めなければならない。HIV 陽性者の血液で皮膚を貫通する暴露(針刺し)を受けた際の感染確率は0.3%、粘膜に暴露すると0.09%とB 型肝炎の約30%に比べるとはるかに低い。感染者の多い米国でもHIV の職業的暴露によるHIV 感染はかなりまれである。日本ではHIV の職業的暴露の報告はないが、感染リスクをさらに低減するために、暴露直後の抗HIV 薬の予防内服が推奨される。現在、HIV の職業的暴露による感染予防の「好ましい抗HIV薬のレジメン」として、「核酸系逆転写酵素阻害剤= TDF + FTC 合剤であるツルバダ錠」と「インテグラーゼ阻害薬アイセントレス」の組み合わせによる4週間の内服が紹介された。
HIV 検査の結果告知に関して上平氏は「患者にとって一生忘れられない瞬間となる。告知場面での対応が良くないと今後の療養生活にも影響が及ぼされる」とプライバシーを守り、患者サイドに立った温かな配慮を求めた。

院内感染につながる伝播リスク多剤耐性菌との闘い

2014 年3月、上平氏の所属する国立病院機構大阪医療センターがCRE のアウトブレイクを公表。過去4年で患者114 人が感染し、これに起因すると疑われる死亡例も報告された。CRE は、現在使用されている抗菌薬のほとんど全てに耐性を示すため、敗血症を起こすと致死率が高い(40 ~ 50%)。同センターの事案における外部調査委員会は、伝播リスクとなった主な原因を次のように報告している。
①職員の標準予防策の破綻

②洗浄と消毒が不十分だった尿器や廃液カップの患者間の共有

③清潔に管理できていなかった経管栄養チューブや腸瘻

④透視室でのドレーン入れ替え

⑤ CRE が生息していた病棟シンク、水回りから経管栄養に使用する物品や医療機材を介した接触感染

⑥内視鏡―。

大阪医療センターでは、多くの対策を行い、現在アウトブレイクは終息している。
これを踏まえ、上平氏は、CREが国際的に対策の急がれる耐性菌であることを説明するとともに、国が進めている薬剤耐性対策アクションプラン(2020 年を目標に抗生物質など使用量を3分の2に抑制)への理解を求めた。

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