大阪府内科医会からのお知らせ

クリニックマガジン7月号掲載(H28.5.26定例学術講演会)

大阪府内科医会 定時学術講演会

更年期障害など緩和させにくい 諸症状に再認識したい漢方医学

 大阪府内科医会(福田正博会長)は5月26日、大阪市内で定例学術講演会を開催した。健康の維持・増進に寄せられる社会的な関心が高まりを見せる中、今回は漢方医学にフォーカスが絞られた。全身倦怠や焦燥感、冷え性など主訴に対する改善効果を得にくい更年期の諸症状に対する漢方薬は、個々の患者の「証」に従って用いると、いわゆる西洋薬と同等以上に効かせることができる。当日は、実地医科にとって相談件数の多い「女性の不定愁訴」をテーマに"実践テクニック"が伝えられた。


『効かせる漢方』~女性のQOL向上のために~

実地医家に求められる主訴改善の具体的なアドバイス

京都大学大学院医学研究科 器官外科学 婦人科学産科学/大阪府日本中国友好協会/大阪市立大学大学院医学研究科 女性生涯医学(産科婦人科学)
かげやま医院 蔭山 充氏

かげやま医院・蔭山 充氏.JPG

「女性の三大漢方薬」+αの選択肢

 臨床と教育それぞれの現場で漢方 の普及に努める蔭山 充氏は「更年期 障害に処方される『女性の三大漢方 薬』だけでは女性のQOL向上に不 十分」と前置き、持論とする「女性 愁訴のひもとき方」を展開した。  
『産婦人科診療ガイドライン 婦人 科外来編 2014』には、更年期障害に おける漢方治療として『当帰芍薬散当 トウキシャクヤクサン』『 加味逍遙散 カミショウヨウサン』 『桂枝茯苓丸 ケイシブクリョウガン』を中心に処方することが推奨されて いる。加齢に伴う卵巣機能の低下に より、女性ホルモンの分泌量が減る 更年期を迎えると心理的なストレス も加わり、めまいや動悸、頭痛、頭 重感、不安、不眠、イライラ、のぼせ、 肩こり、発汗といった不快な症状に 悩まされる事例が増えてくる。医療 保険では1976(昭和51)年に適用 されて以降、148処方・200種類の 漢方製剤が薬価基準収載されている が、この中でも女性特有のトラブル に前記3製剤がよく使われており「婦人科三大処方」と呼ばれている。
 漢方医学の診断・処方は全て「証」 に基づく。証は、個々の体力や体質、 病気の進行状態などをみる「虚実」 「陰陽」「気(き)・血(けつ)・水(す い)」 といった指標で判断される。生 理的な機能がどのような形で阻害さ れているかを明らかにするため、さ まざまな化学的検査を行い、理学的 な診断によって病名を特定する現代 医学と比べ、まったく異なる漢方理 論を修得しなければならず、さらに 経験則まで求められる点に「漢方の 難しさ」が指摘される。
 会場の聴講者からも感じ取れる苦 手意識に対し、蔭山氏は「女性の QOLを向上させるために最も安易な 方法は『快便』を重視すること」と 提示。「大便(Stool)≒消化吸収後 の食物残渣」は「食物≒気(エネル ギー)+血(物質) 」 「大便(食物残渣) =血(物質)の残渣」⇒「便秘=血の鬱滞=瘀血(おけつ) 」と演繹した 上で「便秘は、漢方医学的に瘀血と 解釈できる」と強調した。
 漢方医学で「気」「血」「水」は、 身体を構成する要素と位置付けられ ており、いずれも過不足なく存在し、 さらにスムーズに巡っていることで 各臓器や器官が正常に機能すると説 明されている。生命エネルギーを指 す「気」は、元気・気力・気合など の単語に使われているとおり、パワ ーの源となる。蔭山氏によると、漢 方医学の便秘とは「毎日1回以上排 便がない」「残便感(+)/爽快感 (-) 」の状態であり、瘀血を解消し て「快便」がもたらされると精神的 な安定も得られると訴えた。これを 踏まえると、瘀血を除く漢方薬であ る駆瘀血薬・活 かっ 血 けつ 化 か 瘀 お 薬は「便秘薬」 としても活用できる。駆瘀血薬・活 血化瘀薬を代表する桂枝茯苓丸は、 瘀血が引き起こす便秘をはじめ、腹 部膨満感・下腹部の抵抗・圧痛、月 経痛、子宮出血・血尿、のぼせ、冷え、 腰痛・肩こり、ニキビ、アレルギー、 ヒステリー、ノイローゼ、てんかん など幅広い病態を改善する。
 桂枝茯苓丸だけで思わしい結果 が得られない場合、瀉下作用のある 「桃核承気湯 とうかくじょうきとう」が選ばれる。この理 由については、より早くシャープに 便通が良くなることで宿便(腸内に 滞留している腐敗臭のある黒っぽい 便)が大量に排出され「爽快感(+) /残便感(-) 」で精神安定のほか、 不定愁訴の軽減、シミ・そばかす・肝斑の改善などにつながると、原典 (傷寒論)の記載に照らし合わせて 解説された。
 このように桃核承気湯で便秘を治 す狙いは、瘀血(blood stasis)を除 くことと同義だが、うまくいかなか った時の「次の一手」もアドバイス された。
 桃核承気湯でこれまでにない水溶 性下痢を起こす頻度は、蔭山氏の私 説だと男性の100%に及ぶという(女 性67%)。 この場合「1日3回の使 用回数を2回、1回に減量」「個人差 や体調で適量を毎日調整」「休日の 自宅や近くにトイレがある場所で服 用」「他のマイルドな漢方薬に変更」 といった対応が求められる。 また、他剤への発想転換が望まし いケースとして、コロコロした形状 の便(兎糞便)に『潤腸湯 じゅんちょうとう 』、 冷 えがある(腸が冷たい=お腹がゴロ ゴロ鳴る・張る)時に『大建中湯 だいけんちゅうとう』 の2例が挙げられた。

経験に培われた「効かせるテクニック」余さず披露

 「血」と「水」は、身体を潤し、体 内に栄養を行き渡らせる体液のこと。 血液以外の体液はほぼすべて「水」 に含まれる。 「血」が滞ると瘀血を招 くが「水」は水滞・水毒(すいたい・ すいどく=fluids stasis)を起こして 頭痛・頭重、めまい・耳鳴り、起立 性障害、リンパ浮腫、特発性浮腫(下 肢)、関節痛・筋痛、肩こり・腰痛、 冷えなどの原因となる。
 女性の三大漢方のうち、むくみ (浮腫)の症状によく処方される方剤 は『当帰芍薬散』が知られているが、 水滞・水毒に伴う頭痛・頭重などに は『五苓散 ごれいさん』が特効薬になるという。 ほとんどの有経女性はむくみを訴え、 これを早期に改善するとコンプライ アンスの向上が期待できる。蔭山氏 の経験上、五苓散は「速くて数分か ら遅くても2~3日で効果が現れる」 とのこと。
 「水の漢方薬」には、全体の症状 に合う▽『五積散 ゴシャクサン 』=冷房病に最 適▽『真武湯 しんぶとう』=冷えてむくむ症状 に効く▽『越婢加朮湯 えっぴかじゅつとう』=炎症性・ 熱っぽい・滲出性─のほか、身体 を上・中・下に分けた上の部位に適 した▽『苓桂朮甘湯 りょうけいじゅつかんとう』『 小半夏加茯苓湯 しょうはんげかぶくりょうとう 』『 二陳湯 にちんとう 』 、中の『平胃散 へいいさん 』 『半夏白朮天麻湯 半 はんげびゃくじゅつてんまと 』『 胃苓湯 いれいとう 』 、下 の『苓姜朮甘湯 りょうきょうじゅつかんとう 』『 猪苓湯 ちょれいとう 』『 当帰 芍薬散』『 牛車腎気丸 ごしゃじんきがん 』それぞれの 処方や組み合わせのポイントが詳し く解説された。
 併せて紹介された「女性特有のイ ライラには『四逆散 しぎゃくさん 』がファースト チョイスでほぼ 100%効く」「男性の 薬と思われているが『大柴胡湯 だいさいことう 』は、 うつ状態や抗ストレスなど女性にも 適用症例が多い」といった効かせる こつや下痢に対する『胃苓湯』のよ うに「病名症状」で処方できる事例 も数多く報告され、外来診療の幅を 広げられる面から評価する声が相次 いだ。

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