大阪府内科医会からのお知らせ

クリニックマガジン6月号掲載(H28.4.16 第11回定時総会記念講演会)

大阪府内科医会 第11回定時総会記念講演会

超高齢化とストレス社会を反映する 睡眠障害の現状


 大阪府内科医会(福田正博会長)は4月16日、第11回定時総会ならびに記念講演会を大阪市内のホテルで開催した。任期満了に伴う役員改選の結果、福田会長が再任され、来年10月、大阪で開催される第31回日本臨床内科医学会の受け入れ準備に全力を傾ける。総会に引き続いて企画された記念講演会では、睡眠をめぐる講演2題のほか、大内会々員を対象に行われた「実地医家における睡眠医療の実態調査」の結果が報告された。(編集部)


講演1「不眠症の薬物療法~押さえておくべき点は何か~」

求められる「不眠の訴え=BZ」のパラダイム変換

CNS薬理研究所 主幹 石郷岡 純氏

【CNS薬理研究所】石郷岡純氏.JPG

不眠症には、横になっても寝付け ない入眠障害、何度も目が覚める中 途覚醒、ぐっすり眠った満足感が得 られない熟眠障害、早く目覚める早 朝覚醒の4つのタイプが報告されて いる。有病率は人口の2割と推計さ れ、極めて身近な病態として知られ る。不眠による悪影響は、昼間の眠 気(倦怠感、不安、いらいら)をは じめ、常習欠勤の増加、生産性の低下、事故の誘発、うつ病の累積発現 率の漸増、さらには糖尿病や高血圧 といった生活習慣病、一部のがん発 症のリスクファクターになるなど広 範に及ぶ。  
例示された生活習慣病の有無別で の不眠経験者の割合は、無し=26.2 %に対し、罹病者だと6.4ポイント 高い。高血圧では、睡眠障害がある とリスクは2倍近くに増える。さら に不眠症は、交感神経の亢進、糖代 謝を変化させるコルチゾールの分泌 促進(インスリン抵抗性を増大)、 食欲を抑制するレプチンの分泌減 少、逆に食欲を促進するグレリンの 分泌亢進による体重増加(食事療法 の阻害)、昼間のQOL低下による エネルギー消費の低下(運動療法の 妨げ)も含めて高血圧症や糖尿病を増悪。このほか、乳がんや前立腺が ん、大腸がんなどの発症に関わって いることが分かってきた。
また、睡眠時間と死亡リスクは、有 意に相関しており、睡眠時間7~ 7.9時間を1とした場合、6時間未 満における総死亡リスクのオッズ比 は2.4、心疾患があると6.2に跳ね 上がる。これらを踏まえ、精神科医の 石郷岡氏は、実地医家による適切な 介入を呼びかけるとともに「何のた めの不眠治療なのか、その目的を明 確に意識すること」をアピールした。
診断の留意点は「主訴が不眠≠不 眠症」であること。講演では、他の 不眠性疾患(睡眠疾患)との見極め とともに「睡眠薬治療は2番目の選 択(最初は睡眠衛生指導)」ならび に「処方の終結を常に考える」との 目安が示された。体内時計のリズム が乱れる原因(夜更かし、運動不足、 起床時間のばらつきなど) を排除し、 朝に日光を浴びるなど睡眠位相を整 えても思わしくないケースに対し、 睡眠薬を処方する。現在、作用機序 の異なる3種類(▽GABA受容体作動薬▽メラトニン受容体作動薬▽ オレキシン受容体拮抗薬)の睡眠薬 があるが、石郷岡氏は「長年使い慣 れたベンゾジアゼピン(BZ)受容 体作動薬(GABA系)の副作用(持 ち越し効果/備忘、奇異反応、せん 妄、脱抑制/依存性/ふらつき・転 倒)についての理解が不可欠」と強 調。一般にBZに対し、有効性にお いて過大評価、副作用で過小評価さ れている結果、医原性の乱用が生じ ていると指摘した。
睡眠薬の評価について石郷岡氏は 「有効性は小さく、服用後の変化の約半分がプラセボ効果。使用は効果 と副作用のバランスで判断する」と 位置付けている。依存性をめぐって は、高用量よりも長期使用が問題と なり、概ね8カ月以上の服用で離脱 症状が顕著に現れている。新規作用 機序の睡眠薬は、メラトニン受容体 アゴニストとオレキシン受容体アン タゴニストがあるが、いずれもこれ までのBZの副作用を大幅に克服し ている。睡眠薬の使い分けが確立さ れていない中、最後に「不眠の訴え イコールBZの処方」の安易なパラ ダイムからの転換が必要と結んだ。


講演2「オレキシンによる睡眠・覚醒と糖代謝調節」

覚醒と睡眠に働くオレキシンの
生理機能の増幅による新たな糖尿病治療

富山大学 大学院医学薬学研究部・病態制御薬理学 教授 笹岡利安氏

【富山大学】笹岡利安氏.JPG

 眠れないと、動物や人はどうなっ てしまうのか。内分泌代謝などを専 門とする笹岡氏は冒頭、興味深い問 いかけを行った。その答えは「死」 である。ラットの睡眠を遮断すると、 脱毛や体重減少を生じて2~3週間 後には死に至る。人については、致 死性家族性不眠症(プリオン病=日 本では数家系)の症例として、40 ~50歳代で発症→夜間の興奮や不 眠→約1~2年で衰弱して死亡─ と進む経過が紹介された。
 糖尿病および合併症の発症メカニ ズムの解明と効果的な治療法の開発 に取り組む笹岡氏は、血糖、体重、 血圧、血清脂質を包括的にコントロ ールする糖尿病治療により、細小血 管合併症あるいは動脈硬化性疾患を 阻止するだけでなく、認知症、がん、 サルコペニアの防止と同様、不眠やうつも改善し、QOLの向上を目指 すことが重要と主張。当日は、特に オレキシンによる糖代謝調節につい て説明した。
 オレキシンは1998年、現筑波大 の柳沢正史氏と櫻井武氏らによっ て発見された神経ペプチド。睡眠 と覚醒は、それぞれを司る中枢で のGABAとモノアミン神経系が相 互に働くことで調整されている。睡 眠リズムを乱す概日調整系(メラト ニン系)も不眠の要因となる。オレ キシンは、視床下部外側野の神経細 胞で産生され、覚醒の安定化に中心 的な役割を果たしている。欠損によ って生じる疾患の一つにナルコレプ シーが挙げられる。600~1500人 に1人程度の割合で発症する同疾患 は、活動時に突然生じる抗しがたい 眠気に襲われ、居眠りを繰り返すことで知られる。肥満や糖尿病を合併 するケースが多いという。
 摂食を亢進するペプチドとして発 見されたオレキシンだが、レム/ノ ンレム睡眠の抑制、情動の向上など さまざまな働きが解明されてきた。 糖尿病との関係については、加齢に 伴いオレキシンが低下すると、イン スリン抵抗性と耐糖能異常が高まる ことなどが分かっている。糖尿病に おける睡眠障害の割合はおよそ4 割。笹岡氏の研究室では、オレキシ ンの糖代謝調節作用に着目してい る。糖代謝からみたオレキシン系の 制御による治療として笹岡氏は「概 日(サーカディアン)リズムに基づ き、オレキシン作用を覚醒時に『オ ン』、睡眠時に『オフ』にすること で社会活動(抗うつ)、QOL(快眠) の向上を目指した耐糖能異常の改善 を図る」との展望を示した。
 不眠をめぐっては日本の場合、受 診よりも飲酒を選ぶ傾向が強い。
 ▽GABA作動薬(ベンゾジアゼ ピン系/非ベンゾジアゼピン系)= 脳の広範に分布する抑制性神経伝達 物質の作用を増強し、脳全体の活動 を抑制▽オレキシン受容体拮抗薬 (スポレキサント)=視床下部に限 局的に分布し、覚醒の維持・安定化 を担うオレキシン作用を抑制─そ れぞれの作用メカニズムを理解し、 個々の患者に適切な睡眠薬の服用と 指導が求められる。

【大内会】第11回総会記念講演会01.JPG