大阪府内科医会からのお知らせ

クリニックマガジン9月号掲載(2015年7月定例学術講演会)

大阪府内科医会 定例学術講演会

高齢患者のQOL向上目指し
他科との連携進む消化器疾患の外科治療


 大阪府内科医会(会長・福田正博氏)は7月22 日、大阪市内で定例学術講演会を開催した。当日は、高齢化率21%超の超高齢社会を背景にクローズアップされている「高齢者のがん治療」に対し、消化器外科の観点から手術をめぐる問題点が多角的に取り上げられた。継続的に増え続ける65 歳以上の高齢者に向け、術前の管理からリハビリテーションと地域連携の在り方まで、医療の現場も大きく様変わりしつつある。



『高齢者社会に向けた消化器外科の取り組み』

救急から介護まで
完結型医療で地域に密着

加納総合病院 副院長 矢野浩司氏
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入院前に『術前センター』で外来業務一括管理
 
 日本一の長さをうたう天神橋筋商店街の起点近くに位置する加納総合病院(大阪市北区)は、24 時間365日体制で「救急から介護まで」をキャッチフレーズに掲げる日本医療機能評価機構認定病院。今年3月より副院長を務める矢野浩司氏(前兵庫県立西宮病院副院長)は、消化器外科を専門とする立場から高齢者手術
の実際と直面する課題について詳しく報告した。
 包括医療費支払い制度(DPC)の導入により、さまざまな術前検査が外来へ移された。これに伴い、合併症のチェックや持参薬の確認、麻酔・周術期管理上必要となる検査、患者に対する看護師の説明など外科系の外来担当業務量が大幅に増加。術前のリスク管理が不十分になる可能性が指摘された。これに対し、同病院などでは、標準化した術前検査・説明を行うことで外来業務の適正化を図る一方、高齢患者・家族に質の高い安全な医療を提供するため、手術前の業務を一括管理する「術前センター」を設けている。
 コアスタッフは、外科・婦人科・泌尿器科など手術担当部長と医師、看護師、薬剤師、医療事務作業補助者だが、外来看護師、診療部長・医療情報担当部長・パス責任担当部長、脳神経外科、循環器科、内科(糖尿病・内分泌)、麻酔科、地域医療連携相談室、エリアの歯科医師会なども構成メンバーに加わる。
 歯科医との連携では、口腔内・義歯が清潔に保たれ、常在菌による肺炎発症の予防や口腔咽頭の感覚および運動機能の改善につながるといった効果がもたらされた。これに関して矢野氏は「患者から『手術前になぜ歯科受診が必要か』と聞かれるが、2014(平成26)年度診療報酬改定で歯科医療機関連携加算、周術期口腔機能管理後手術加算が盛り込まれるなど、高齢者手術の質と安全性を高める具体的な成果が得られた」と評価している。
 術前センターの設立に際しては、安全なシステムの構築が追求されている。例えば、術前検査で血糖値が高い場合、これまで主治医の判断で内科受診していたが、術前センターでは「血糖値160mg/dL 以上またはHbA1c 7.0mg/dL 以上、糖尿病がある、網膜症など合併症がある人」に対して内科受診が予約されるというように標準化された。外来受診時に術前センターで▽術前オーダー=アレルギーの有無・深部静脈血栓検査リスク評価▽持参薬チェック=抗凝固剤の休薬指示など▽合併症チェック▽ CT・MRI など検査日程調整▽口腔ケア依頼▽入院パス・手術合併症の説明▽入院中の点滴・薬剤オーダー入力▽費用概算の説明─などを受け、手術日・入院日が決定される。入院後は、主治医が患者にあいさつするほか、病棟スタッフによる手術準備とクリティカルパスの確認だけとなる。入院してからの診察・検査で手術の延期や中止もあった以前と比べ、術前センターの意義について矢野氏は「チーム医療が確立された」ことを強調している。

内視鏡手術がもたらす
QOLの改善と早期退院

 光学機器をはじめとする先端技術の発展に伴い、消化器疾患の外科治療は変わりつつある。特に低侵襲な内視鏡治療は、高齢者にとって心身ともに負担が小さく、QOL の改善に有効な選択肢となった。腸がんや胃がん、肝臓がんなどその適応は広がっており、2012 年4月には、ロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘術が保険収載。さらに昨年10 月、cStage Ⅰ , Ⅱの胃がんに対するロボット手術(ダ・ヴィンチ)が先進医療B に分類されるなど、狭小な空間で人間の手技より繊細な作業を可能にするロボットアームの可能性に期待が膨らんでいる。
 腹腔鏡下手術は「傷の小さな手術から傷のない手術へ」「痛みの少ない手術から痛みのない手術へ」「入院期間の短い手術から入院しない手術へ」「社会復帰の早い手術からすぐ社会復帰できる手術へ」と腹部外科領域を進展させていく。胆石症に対するラパ胆(腹腔鏡下胆嚢摘出術)が国内で開始されてから四半世紀になるが、最近では、胃壁を貫いたアームで胆嚢を切除して口から出したり、胃酸の漏れない経腟的な術式を行ったりするなど術後のADL(日常生活能力)の低下を防ぐ取り組みが進んでいる。
 消化器疾患診療システムにおける現在の問題点として矢野氏は、次の5項目を挙げる。

①紹介前医の段階で紹介先(消化器内科・消化器外科)の振り分けを行う必要がある

②消化器内科・消化器外科が個別に治療方針を決定している

③緊急対応必要度に応じた対応が難しい場合がある

④プライマリーナースの消化器内科・消化器外科間で転科・転棟時の引継ぎが必要

⑤入院加療中の一貫した計画に基づいた


看護が難しい─。
 こうした問題点を防ぐため、消化器内科と消化器外科の間に垣根のない「消化器病センター」が立ち上げられた。消化器系疾患患者の診療・窓口を一元化する同センターでは、内視鏡、CT、超音波検査など全て共有視され、診断・治療と看護の統一した方針が迅速に決められる。さらにセンター化すると、病棟では「内
科・外科の診療一体化」「治療経過情報の共有」「看護業務の専門化」「スタッフモチベーションの向上」「在院日数の短縮」といったメリットが派生する。近隣の実地医家にとっては、紹介しやすくなるとの副次的な効果もあり、高齢者が安心して暮らせる地域づくりに貢献している。
 同院では、術後回復能力強化プログラム(ERAS=Enhanced RecoveryAfter Surgery)を実践。エビデンスに基づいた周術期管理を通して早期回復を目指している。これは、入院前カウンセリング、腸管の前処置なし、手術前夜~朝の絶食の見直し(水分・炭水化物の摂取)、前投薬なし、経鼻胃管留置なし、硬膜外麻
酔・鎮痛、短時間作用型麻酔薬、輸液・ナトリウムの過剰投与を避ける、創部の縮小化(ドレーン留置なし)、体温管理:温風式保温、離床・歩行を促進、経口麻薬の非使用(NSAIDs投与は硬膜外麻酔終了後)、悪心・嘔吐の予防、腸蠕動運動の促進、カテーテル類の早期抜去、周術期経口栄養、転帰・遵守状態の調査を総合して術後回復力のアップを図る。90歳代で結腸がん手術を受けた患者でも、ICU から出てすぐリハビリが開始されるという。
 「急性期病棟」「回復期リハビリテーション病棟」「療養型病棟」の3つの柱を備え、手術からHCU(準集中治療室)、早期リハビリへと院内連携する同院では、退院後の在宅医療にも関わり、地域と密着して「病病」「病診」連携に臨む。現場に立つ矢野氏は「専門病院ではなく、完結型でやりたい」とさらなる意欲を示している。


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