大阪府内科医会からのお知らせ

クリニックマガジン8月号掲載(2015年6月法人設立10周年並びに発足65 周年記念講演会)

大阪府内科医会 法人設立10周年並びに発足65周年記念講演会

心臓移植・補助人工心臓がもたらす恩恵と内科医の使命に言及


 大阪府内科医会(会長・福田正博氏)の『法人設立10周年並びに発足65 周年記念講演会』が6月20 日、大阪市内のホテルで開催された。日本臨床内科医会・猿田享男会長、大阪府医師会・伯井俊明会長による臨床研究をめぐる現状と展望および医療情勢と併せ、心疾患領域で国際的にも最先端を走る大阪大学の坂田泰史教授から重症心不全に関する診断と治療の実際が伝えられた。 (編集部)

「重症心不全治療の現状と課題」

循環器内科&心臓血管外科の
連携で挑むStage Dの壁

大阪大学大学院医学系研究科 循環器内科学教授坂田泰史氏

大阪大学大学院医学系研究科循環器内科学 坂田泰史教授%u3000 (300x255).jpg

全ての最適化治療に反応せず予後も不良な重症心不全

 
 2007 年に設立された大阪大学附属病院ハートセンターは、国内で心臓移植を手がける9施設のうちの1つ。循環器内科と心臓血管外科がお互いの得意分野で連携し、虚血性心疾患の薬物治療ならびに心室再同期療法、不整脈アブレーション治療、僧帽弁修復術、経カテーテル大動脈弁留置術(TAVI)、補助人工心臓の植え込みなどの先進医療技術を提供。「重症心疾患の最後の砦」として全国の病院から患者の紹介を受けている。
 ハートセンター長を務める坂田氏は講演冒頭、ステージ分類が採用されている心不全で最も重症な『StageD』について「b 遮断薬、ACE 阻害薬、利尿薬、強心薬、ペースメーカー(CRT)を用いた心臓再同期療法など全ての最適化治療に反応しない」「過去6カ月で1回以上の入院歴を持つ」などの集団であると定義付け、日本循環器病学会の『慢性心不全治療ガイドライン』に挙げられた薬物治療の指針を示した。
 AHA/ACC (American HeartAssociation / American College ofCardiology)ステージ分類のStageD(治療抵抗性心不全)は、NYHA(New York Heart Association)だと『Ⅳ』度(難治性)に当たり「非常に軽度の身体活動も制限される。安静時にも心不全症状や狭心痛が存在する」と説明されている。薬物の選択は、このステージに基づき、次のように決められている。
 ▽ ACE 阻害薬、ARB = 高血圧や遺伝的背景などリスク因子を有するが、心機能障害がないStage Aから最重症のStage Dまで全てに適用▽ b 遮断薬=心不全症状は呈していないが、軽度の陳旧性心筋梗塞など心機能低下を来しているStage B(無症状の左室収縮機能不全)以上で適用▽抗アルドステロン薬、利尿薬、ジギタリス、経口強心薬=多くの心不全が相当するStageC(症候性心不全)から適用。
 Stage Dに至った重症心不全の予後は、極めて不良であり、統計的に単純比較できないが、胃がんのステージⅣ(5年生存率16.6%)を下回り、内科治療のみでは2年ほどしか残されていない。この現実を前に坂田氏は「Stage Dの集団に対し、本当に打つ手がないのか真剣に考え抜く。最適化治療が最適な時期に行えたという保証はない。重症心不全は歯車が1つ崩れると患者の全身状態を一気に悪化させる。悪循環を断ち切れば、最適化治療に持ち込めるかもしれない」との焦燥に常に駆られていると訴えた。
 どうしても打つ手がないと判断されれば、緩和ケアあるいは心臓移植の適応が検討される。心臓移植後の累積生存率において日本は、世界でも抜きんでた実績を誇っている。国内で行われた心臓移植(2013 年、N= 185)の累積生存率は、術後5年目まで90%を超えており(92.5%)、10 年経過してもほぼ90%ラインを維持している(89.8%)。これに対し、国際心肺移植学会統計では、5年で75%、10 年目だと53%にすぎない。国内の心臓移植は、改正臓器移植法の全面施行(2010 年7月)を境に増加。再開された1999 年の3例から今では年間約40 例を数えるまでに伸びている。
 半面、心臓移植には、長い待機時間がある。日本臓器移植ネットワークの資料によると、ドナー(臓器提供者)が見つかるまでに平均5.6 年を要し、移植再開から2014 年6月時点までに30 %(N = 225) が待機中に死亡している。これに代わる選択肢として坂田氏は「左室補助人工心臓(LVAD)が心臓移植を待つまでの橋渡し(ブリッジ使用)でなく、それで最期まで生きていく『destination therapy(最終治療)』になりつつある」と報告した。

世界最高水準の生存率で
移植と並ぶ選択肢となったLVAD

 補助人工心臓のうちLVAD とは、自分の心臓は残し、左心室から血液を回して大動脈へ血液を返すものである。技術的な進歩は目覚ましく、約30 年前に握りこぶし2~3個分もあった大きさは親指ほどに縮小され、3~5リットル/分の血液を循環させる。植え込むことによって感染や脳梗塞など合併症の問題も次々と改善されている。
 日本は、LVAD の累積生存率においても世界有数の成績を出している。最新型のLVAD は、装着後2年程度であれば、各国の心臓移植による生存率とさほど変わらないレベルに達している。こうなると当然、移植待ちのためでなく、さまざまな面で負荷の少ない補助人工心臓を選ぶ患者も増大する。2014 年、米国では植え込み型補助人工心臓を入れた2,500 人中40%に当たる1,000 人が最初からdestination therapy として決めたという。
 渡航して移植することが難しくなっている現在、国内では2015 年1月時点で364 人が移植待機している。内訳は、Status. 1(補助循環、IABP =大動脈内バルーンバンピン
グ、強心剤静注)256 人、Status. 2(上記以外で除外項目なし)97 人。日本の心臓移植の適応は65 歳だが、60 歳未満が優先される。対する60~ 69 歳で36 人がドナーを待っている。選択の余地なく、補助人工心臓が実質上destination therapy に近い形となるこのグループに患者利益はあるのだろうか。坂田氏は、植え込み型補助人工心臓を入れて教壇に戻った大学教授や孫の結婚式に参列できた婦人のケースを挙げ、移植と遜色ない恩恵があると強調した。
 しかし、坂田氏はその恩恵を目の前で見ている分、問題点が実感されていることも強調。LVAD は機械である以上、ドライブライン感染は避けられず、血栓もできやすい。ほとんどの場合、症状がなくても脳梗塞を引き起こす。また、心臓移植も動脈瘤や動脈硬化、拒絶反応、再移植といった可能性が付きまとう。
 循環器内科医の立場から坂田氏らは、心筋生検によって得られた電子顕微鏡写真での細胞核に注目。核膜や核内のクロマチンに焦点を合わせ、心機能やmRNA よりさらに前の変化を捉えることで早期に異常を見つけ、point of no return を評価しようと試みている。
 最後に「移植・補助人工心臓とも満足のいく治療ではない。患者自らの心臓でいかに生きていくかを目指すべきである」と「内科医の使命」に言及した。

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