大阪府内科医会からのお知らせ

クリニックマガジン7月号掲載(2015年5月定例学術講演会)

大阪府内科医会 定例学術講演会

日進月歩で進む肝疾患診療の最前線と
患者のQOL向上を目指して


 大阪府内科医会(会長・福田正博氏)は5月27 日、大阪市内で定例学術講演会を開催した。地域社会に密着して健康を預かる実地医家にとって「肝疾患」は、その頻度において日常的に診療が必要とされている。当日は、薬物療法の実際やガイドラインに示された治療指針など、臨床内科医が求める最新の知見がつぶさに報告された。(編集部)

講演1
「臨床内科医の肝疾患診療ブラッシュアップ」

早期診断・治療に知っておきたい
ガイドラインと治療薬

松下記念病院 消化器科副部長 長尾泰孝氏
松下記念病院消化器科 長尾泰孝副部長 (300x220).jpg
B型肝炎はHBs抗原消失が最終目標
著効率が飛躍的に向上したC型肝炎

 
 国内におけるウイルス肝炎患者は、キャリアを含めておよそ350 万人と推定されている。うちB型肝炎ウイルス(HBV)キャリア数120万~ 140 万人、C型肝炎ウイルス(HCV)キャリア数100 万~ 200 万人に上るが、肝障害を伴わない無症候性キャリアや生活習慣に起因する非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)を含めて早期診断・治療が課題に挙げられている。
 同講演会当日、講師を務めた松下記念病院の長尾泰孝氏(日本肝臓学会指導医など)は、慢性肝炎のうち、血液・体液を介して感染するHBVならびにHCV、肝臓がんにつながる可能性のあるNASH、肝硬変の病態と症状などについて詳しく説明した。
 ウイルス性肝炎に感染する経路は、国情や時代背景によって異なる。B型肝炎の場合、ワクチンの開発で出生時感染が劇的に減少している。しかし、日本人の20%に当たる2,600 万人がHBV 既感染だという。特にB 型急性肝炎に関しては、欧米に多く、日本ではまれだったHBV の遺伝子型A が最近、性感染症として増加しており、成人の急性感染でも約10%が慢性化している現状が紹介された。
 B型肝炎の薬物療法(抗ウイルス療法)には、注射のインターフェロン(IFN)と、内服の核酸アナログがある。48 週間のペグIFN 治療ではHBs 抗原の陰性化率が上昇すると報告されている。長尾氏は、IFNには投与期間の短さやHBs 抗原消失の効果、薬剤耐性が生じないといったメリットがあると説明。一方、核酸アナログは、HBV-DNA 低下に個人差が出るIFN に対し、ほぼ効果が得られ、副作用もIFN より少ないなど優れた面を持つ。IFN の効果不良、不適格例や肝硬変などでは、核酸アナログ(エンテカビルまたはテノホビル)を選択するが、長期使用でHBs 抗原の低下や陰性化をもたらす症例も見られるという。
 核酸アナログ製剤でHBV-DNA量が低下すれば、肝発がんリスクが低下することも伝えられた。これらを踏まえて長尾氏は「従来、陽性なら増殖力の強いHBe 抗原のセロコンバージョン(抗原陽性から抗体陽性への転換)が治療目標とされていたが、現在は、HBs 抗原の消失を最終目標と考えるようになった」など、発がんリスクを抑える観点からB型肝炎治療の方針が変わっていることを強調。さらにHBV 既感染例では、臨床的治癒後も肝細胞内に残存し、抗がん剤や免疫抑制剤使用時に再活性化し、de novo 肝炎として劇症化するリスクも高く、予防ガイドライドラインが提唱されていることを示した。
 次にC型肝炎は、HCV 抗体のスクリーニングを経て、HCV-RNAの有無と量ならびにHCV セログループ(ウイルスの型)で診断される。成人感染でも約70%が慢性化し、炎症を繰り返して線維が増え、肝硬変から肝がんに至る。長尾氏は「治療はがん化を防ぐことが目的」と前置きし、高齢者(66 歳以上)で線維化の進展(肝線維化F2 以上または血小板15 万/mL 未満)しているグループが、高発がんリスク群として早期治療対象になるとのガイドラインを紹介した。
 薬物療法に関しては、主としてHCV を排除せずに肝炎を抑えて進行を遅くする肝庇護療法と、HCVを排除する抗ウイルス療法がある。後者の治療薬は、HCV に必要な宿主(人)蛋白を標的にしたIFNとリバビリン(RBV)、HCV 蛋白を標的にした直接的抗ウイルス薬(DAAs)に分けられる。
 現在、IFN / RBV 併用に続いて直接的な抗ウイルス作用を有するDAAs が開発され、ペグIFN /RBV / DAA(シメプレビル)の3剤併用では、難治性のゲノタイプ1型高ウイルス量でも80 ~ 90%の著効率が得られている。さらにIFN不適格例であっても昨年9月から2種類のDDAs(ダクラタスビル、アスナプレビル)併用のみで、良好な結果が得られるようになった。ただし、これについて長尾氏は「治療前でも10 数%の症例にDAAs 耐性変異ウイルスが存在する。治療が奏功しない場合、多剤耐性ウイルスの出現する可能性があるため、厳格に治療適応を検討すべきである」と警鐘を鳴らした。
 C型肝炎をめぐっては、この5月にゲノタイプ2型のC型慢性肝炎およびC型代償性肝硬変に対し、IFNを使用しないソホスブビル(RNAポリメラーゼ阻害剤)が薬価収載された。同剤とRBV との併用療法(12週間)では、著効率が約95%と非常に良好な結果をもたらしている。IFN やDAAs による治療は高額医療だが、医療費助成が適用される。長尾氏は患者に負担が少なく治療できることの認知を促した。

NASHと肝硬変は
生活習慣の改善が予後を左右

 非アルコール性脂肪性肝疾患は、単純性脂肪肝と非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)に分類される。アルコールを摂取していないのにアルコール性肝炎のような所見を呈するNASH の診断には、組織診が必要となる。長尾氏は、進行した肝疾患で他に原因がなく、背景に脂質異常症や糖尿病、肥満、薬剤(ホルモン剤、ステロイドなど)の服用がある場合は、NASH を疑うべきと指摘した。
 NASH は5~ 10 年後、5~ 20%が肝硬変に移行する。NASH 肝硬変の予後は、肝不全40 ~ 60%、5年肝がん発がん率0~ 15%、5年生存率60 ~ 90%との報告がある。さまざまな治療薬が試みられているが、背景となる疾患の適切な治療や生活指導が重要とされている。合併するメタボリックシンドロームの治療として▽食事療法での体重減少▽標準体重当たり25 ~ 35kcaL/kg/ 日▽合併する疾患に応じた栄養療法▽運動療法による筋肉や脂肪組織の代謝改善▽禁酒継続などがあるという。
 肝硬変においては、一般的な食事療法(蛋白・カロリー・塩分摂取への配慮)、肥満防止、便通、禁酒(アルコール+ HCV は発がんしやすい)、運動療法、食後の適度の安静、肝庇護療法のほか、特殊な治療として難治性浮腫、腹水に対する利尿剤(トルバプタン)が使用可能となり、高アンモニア血症に対する蛋白制限食や内服療法、夜間の飢餓状態を是正する眠前の軽食(late eveningsnack)、特殊アミノ酸製剤(BCAA:分岐鎖アミノ酸)など患者のQOLを改善する治療が行われている。また、B型肝硬変での核酸アナログ療法に加え、IFN 不適格なC 型肝硬変でも、代償性肝硬変に対してはDAAs による抗ウイルス療法が適応されると説明された。

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