大阪府内科医会からのお知らせ

クリニックマガジン10月号掲載記事(2014年)

<サルコペニアのメカニズムや予防法を解説>


7月23 日、大阪市内で定例講演会を開催、昨今注目が集まる「サルコペニア」をテーマに、関西医科大学健康科学科教授の木村穣氏が講演を行った。サルコペニアのメカニズムや予防法とともに、同大学附属病院で開設しているサルコペニア外来におけるデータなどを解説した。 (編集部)

「サルコペニアと生活習慣病―日常臨床での応用とその対策」

★脂肪を減らし筋肉をつけるにはレジスタンス運動が有効★

関西医科大学健康科学科教授 
同附属病院健康科学センター長  木村 穣 氏

定例講演会木村先生 (300x199).jpg

★脂肪組織と同様に筋肉にも内分泌器官としての働きがある

 約20 年前、単なる過剰エネルギーの蓄積臓器とされていた脂肪組織が、アディポカインを中心とした内分泌臓器であることが示された。その結果、動脈硬化を中心とした脂質管理理論が登場、内臓脂肪をベースにしたメタボリックシンドロームの予防・解消として特定保健指導が始まったのは記憶に新しい。
 一方、筋肉は姿勢の保持や体を動かす役割以外に、自殺率や早期死のリスクと関連するという疫学データがあり、健康長寿には運動が重要との認識はされていた。しかし、筋肉の重要性の機序は数年前まで明確には示されていなかった。
 関西医科大学健康科学科教授の木村穣氏は、その突破口となった筋肉のホルモン様作用を解説。2年前に『Nature』で"Muscle as a Secretory Organ"( 内分泌器官としての筋肉の作用)と示され、筋収縮によって骨格筋から分泌されるマイオカインのイリシン、IL-6 などの作用が明確になったことを説明した。
 骨格筋から誘導されるPGC 1aを介してイリシンが分泌されると、白色脂肪細胞を褐色脂肪細胞に変換させ、脂肪を分解していることが動物実験で明らかになり、IL-6 も糖代謝、骨代謝、筋委縮の改善に作用していることが分かったという。
 すなわち、骨格筋が低下すると、これらのマイオカインが分泌されなくなり、代謝機能が低下、疾患の発症および健康寿命の低下につながる。同氏は一連の筋代謝を中心とした疾患概念が確立されたとし、先に疾患概念が確立した脂肪組織のメタボリックシンドロームと同じ過程を、筋肉がたどっていると強調した。

★昨年開設のサルコぺニア外来では患者撮影の食事写真で栄養管理

 今回のテーマであるサルコペニアとは「加齢に伴って起こる骨格筋量の減少と筋機能の低下」を意味する。ギリシャ語のサルコ(sarco)「肉」、ぺニア(penia)「減少」を組み合わせた造語で、20 年以上前から提唱されていたが、生命予後との直接的な関係が不明であったため、これまでは内科的にはあまり重視されてこなかった。
 同氏は、筋肉の収縮でもたらされるホルモン様作用は内科系を含んだ疾患に多く関わることから、サルコペニアはロコモティブシンドロームより内科系の医師には関心が高いと述べ、「メタボリックシンドロームに続いて、サルコペニアがここ1、2年で浸透するのではないか」と推測した。
 関西医科大学附属病院では、サルコペニアの適切な評価・介入を検証するため、サルコぺニア外来を昨年開設している。
 サルコペニアの診断は、筋量あるいは筋力、身体機能のいずれを基準にするのか最終的な確定はされていない。同外来では四肢骨格筋量指数のSMI(四肢(両上下肢)筋量/ 身長2 )を用いて、筋量の減少を中心に評価している。診断の結果、自宅あるいは通院での約3カ月間の筋力トレーニングと栄養指導を行う。栄養指導では食事の写真を患者に撮影してもらい、サルコペニアの改善に重要とされるタンパク質や必須アミノ酸の摂取状況を確認、同氏は「特に筋組織の生成に関わるロイシンの量に注目している」と解説した。
 同氏は、同外来で行った昨今のデータとして心疾患とサルコぺニアの検討を紹介。心臓リハビリテーション外来を受診している慢性心不全患者65 名のSMI を測定したところ、男性は35%、女性は41%がサルコペニアに該当、サルコペニア予備群を含めると男性なら半数、女性なら4分の3の割合になった。筋量の少なさが心不全につながったのか、もともと不活動でサルコペニアになったのかは明からではないが、同氏は筋量が少ない方が心不全の所見が強いと述べ、心不全に伴うサルコぺニアに対する介入の必要性を強調した。

★うつや認知症で減少するBDNF分泌を高めるには中・高強度運動を

さらに同氏は、最も健康な状態は脂肪が少なく筋肉が十分あること、最も悪い状態は脂肪が多く、筋肉が十分ではないケースと述べ「サルコペニアに肥満がプラスされた"サルコぺニア肥満"は、普通の肥満に比べ糖尿病、心臓病、脳卒中の発症率が高くなる可能性がある」と指摘。筋肉をつけて脂肪を減らすには、有酸素運動より筋肉を収縮させるレジスタンス運動がより重要との認識を示した。
 講演の最後に、筋肉に関わり、脳由来神経栄養因子のタンパク質として注目されているBDNF(Brainderived neurotrophic factor) を紹介。「神経系から分泌され、神経細胞の発生や成長、維持、修復に作用し、学習や記憶などにも重要な働きをする。加齢だけでなく、うつや認知症でも減少するが、運動によってBDNF の増加が報告されている」(同氏)。ただし、低強度のウオーキングでは効果は現れず、ジョギングやランニングなど中・高強度の運動で増加するため、同氏は「認知症予防における運動介入は、現在の強度を見直す可能性がある」と説明。合わせて身体活動の全てが筋肉と関与しており、今後さらに筋肉に注目していく必要があると結んだ。