大阪府内科医会からのお知らせ

クリニックマガジン7月号掲載記事(2014年)

大阪府内科医会 5月定例講演会

認知症予防に向けた血管病治療の位置付けをレクチャー
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 大阪府内科医会は5月28日、大阪市内で定例講演会を開催した。認知症における血管病の関与について注目する国立循環器病研究センターの猪原匡史氏が、糖尿病や脂質異常症、高血圧など生活習慣病と認知症の関連性をめぐる最新の知見を詳説。降圧薬の服用、運動療法、食生活の改善などで心血管リスクを軽減すると、認知症の予防に大きくつながると総括した。 (編集部)


講演「アルツハイマー型認知症と血管性認知症の接点と治療戦略」

「認知症≠アルツハイマー病」
血管病がもたらす脳への影響

国立循環器病研究センター 脳神経内科医長 猪原匡史氏
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発症5年抑制できれば
認知症患者半減も可能

 厚労省によると、全国の認知症患者数は、高齢者人口の15%に当たる462万人と推計されている(2013年度調査)。65~69歳で1.5%の有病率は、以後5歳刻みで指数関数的に倍増し、85歳では27%に達する。これを踏まえ、猪原氏は「認知症の発症を5年遅らせることができれば、その患者数は半減する。血管病・生活習慣病の予防は、それくらいにパワフルな先制医療といえる」と強
調した。
 2013年12月、ロンドンでG8認知症サミットが開催された。その議長国だったイギリスが2007年頃から「What's good for your heart is good for your head」のスローガンを掲げ、対認知症国家戦略を策定している。そのイギリスでは、過去20年間にさかのぼり、全ての年代で認知症を3割ダウンさせたことが報告されている。この事例から猪原氏は「認知症治療に心血管リスクの管理を行うことが世界の大勢になっている」とアピール。これまでの認知症研究がアルツハイマー型認知症(AD)を中心に展開されてきたため、神経細胞の機能異常に偏って理解されていたと指摘した。
 年間1,000例を超える急性期の脳卒中患者が送られてくる国立循環器病研究センターでは、循環障害が認知症に直結することを前提にその治療法の開発を追究している。
 認知症の原因疾患は、アルツハイマー病が最も多く、次いで血管性認知症となっている。後者の場合、脳卒中との間に明らかな因果関係があり、大本をたどると生活習慣病に行き着く。一方、アルツハイマー病は、大脳皮質における神経細胞の著しい脱落に加え、bアミロイド(Ab)が凝集して老人斑(シミ)、神経原線維変化(糸くず)として脳内に沈着する。
 脳の重量は、体重の2.5%に過ぎないが、全血液の20%近くを必要とする血液依存度の高い臓器である。「人は血管とともに老いる」と説いた19世紀カナダの医学者ウイリアム・オスラーの格言を引用しつつ、同氏は、神経変性疾患のイメージが強いアルツハイマー病であるにもかかわらず、80歳を超えると80%以上が脳血管病変を合併しているとの統計を示し、認知症≠アルツハイマー病の図式を強調した。
 アメリカで修道女を対象に行われた加齢とアルツハイマー病についての疫学プロジェクト(Nun研究)の結果、脳梗塞があるとアルツハイマー病を発症する確率は20 倍に跳ね上がることが分かった。アルツハイマー病の2大病理の老人斑(シミ)と、神経原線維変化(糸くず)に加え、同氏は、脳アミロイド血管症を「淀み」と表現し、その弊害にフォーカスを合わせた。

ポイントは血管に淀む
βアミロイドの排出機能

 アルツハイマー病で必発する脳アミロイド血管症は、大脳皮質の小動脈などの内部に老廃物となるAbがたまり、血管壁を脆くする。
 これに関してワクチン療法の失敗例も挙げられた。10年ほど前に注目され、現在も改良が試みられているアルツハイマー病のAbワクチン療法は、Abを静注して抗体をつくり、脳内のAb を除去する狙いを持つ。マウスでは改善されたが、人では6%に脳炎を引き起こし、中止された経緯がある。局所的に脳内の老人斑が消失した半面、かえって脳アミロイド血管症を悪化させていたという。
 脳内の老廃物は、絶えず排出しないと蓄積してしまう。しかし、脳内にはリンパ管が存在せず、代わりに血管壁内に間質液を通す「血管周囲リンパ廃液路」が準備されており、Abの一部もここを伝って排出される。同氏は「血管は酸素や栄養素を運ぶ上水道であると同時に、老廃物を洗い流す下水道としても働く」と例え、動脈硬化や頸動脈狭窄などが進むと、駆動力になっている動脈拍動が弱まる結果、Abは不溶性凝集物として血管内に沈着し、脳アミロイド血管症やアルツハイマー病の増悪因子となる悪循環のメカニズムを解説した。
 予防神経学では、運動不足や鬱、喫煙、中年期高血圧・肥満、糖尿病といったリスクファクターを制圧できれば、アルツハイマー病は半減できるとされている。とりわけリスクのマスター因子と見られる運動不足だけでも解消すると2割もの減少が望める。
 また、同氏はアンジオテンシン系の降圧薬(ARB)やACE阻害剤と利尿剤の相性の良さのほか、ハッチンスキー・虚血スコアを考案したハッチンスキー博士(世界神経学会会長)の「高齢認知症患者への"アルツハイマー病"という診断名を見直すべき時」との提唱を紹介。「糖尿病、肥満、脳卒中など他のリスクに目が届きにくくなる」と理解を求めるともに「軽度・中等度・高度認知機能障害と捉え、治療に当たるべき」と訴えた。
 以上の考察から、▽変性(アルツハイマー病)と虚血(脳血管障害)は掛け算的に認知症を悪化させる▽血管をしなやかに保ち、脳循環を維持すれば、脳リンパ系を介してβアミロイドは排泄されていく▽アルツハイマー病に対症療法しかない現状では、血管リスクの管理が何よりも重要─とまとめた。
 認知症への病理変化の寄与危険度は、脳小血管症(12%)と多発性の血管病理(9%)の方が、ADの2大病理である神経原線維変化(11%)、老人斑(8%)を上回る(MRCCFAS;Plos Med 2009)。このことからも認知症を予防するには、血管病への関与が重要と分かる。
 最後に同氏は「糖尿病3型がアルツハイマー病」「脳のメタボ」といった観点から、運動療法や減塩食、週複数回の知的遊戯(ボードゲーム、楽器演奏など)を勧める一方、多剤併用療法が今後のスタンダードになると結んだ。