大阪府内科医会からのお知らせ

クリニックマガジン5月号掲載記事(2014年)

 

「高齢者糖尿病のテーラーメイド医療」

近畿大・池上博司教授が特別講演

 大阪府内科医会は3月15 日、第14 回推薦医部会講演会を開催した。今回のテーマは高齢者医療に関する3演題。近畿大学の池上博司氏が『高齢者糖尿病のテーラーメイド医療』と題して特別講演を行ったほか、大きな転換期を迎えた介護保険についての講演、進行中の高齢者糖尿病実態調査「SMILE プロジェクト」の大阪地区の調査報告である。ここでは特別講演を中心にレポートする。 (編集部)

 

 高齢者糖尿病のテーラーメイド医療

 高齢者の多様性に応じた

治療目標の設定が重要

 

近畿大学医学部 内分泌・代謝・糖尿病内科 主任教授 池上博司氏

 近畿大学の池上博司氏は、多様な病態を示す高齢者糖尿病に対するテーラーメイド医療について講演した。

 冒頭、池上氏は高齢者の糖尿病治療では、医療者や家族は「高齢者だから、食事療法、運動療法、血糖コントロールはほどほどで良い。インスリン注射はかわいそう」などと考えがちだが、「ご本人はそう考えていない方も多い」と指摘。年齢ではなく、「どんな高齢者か」で治療選択をすべきと主張した。事例として、池上氏は次の症例を呈示した。75歳男性が糖尿病を指摘されて来院し、a-GIで良好にコントロールされていたが、89歳のときにHbA1cが急激に上昇したため、入院精査したところ、膵頭部がんが見つかった。ステージは早期だったが、超高齢者に手術適応があるか、術後に必要になるインスリン治療でQOLが低下しないか、など治療方針を巡って議論となった。全身状態は良好で、生活も自立していたため、外科は手術可能と判断して患者と家族に説明したところ、患者本人は「医学が発達したのなら長生きしたい。年齢により手術の危険が大きいことは承知している。手術によって寿命が縮んだとしても悔いはない」とはっきり意思表示したという。手術は成功し、患者は外来で元気にインスリン治療を続けている。

 池上氏は、「糖尿病治療の大きな特色は時間軸」だという。高齢者では、若いときに1型糖尿病を発症した人から、70歳以降に2型糖尿病を発症した人まで多様な患者がいるが、「この広がりが、病態や合併症、治療法に大きな違いを生んでいる」。特に、合併症のチェックは罹病期間の把握につながり、治療方針を決定する上で極めて重要と語った。また、日本では85歳の女性で平均余命は約8年、65歳では24年もあり、その間に、網膜症、腎不全、壊疽などさまざまな合併症が進展し、QOLが著しく低下してしまうことが多いため、「糖尿病をしっかり治療しなければならない」と強調した。

 インスリン抵抗性を亢進させる

サルコペニア肥満は運動療法で予防

 その上で、池上氏は高齢者糖尿病治療での留意点を解説した。

 高齢者の運動療法では、網膜症や腎症、虚血性心疾患、変形性膝関節症などのチェックが重要であるほか、冬の早朝や夏の日中の運動を避ける、膝が悪ければ座位の運動を勧めるなど、きめ細かな指導が必要と述べた。また、高齢者は骨格筋が減少し、脂肪が増加して"サルコペニア肥満"に陥りやすく、これがインスリン抵抗性を亢進させ、糖代謝に悪影響を及ぼす。従来、代謝改善・肥満解消には散歩などの有酸素運動が推奨されてきたが、「サルコペニアを防ぐには、スクワットなどのレジスタンス運動も必要」と説明した。さらに、高齢者糖尿病の薬物治療では「低血糖を起こしにくい薬」「血糖をしっかり下げる薬」「体重増加を起こしにくい薬」を的確に使い分ける必要があり、「このうち2つの要素を満たすDPP-4阻害薬などが多用される状況はうなずける」と述べた。その中で、かつて高齢者に「禁忌」とされ、2010年発売の高用量製剤で「慎重投与」になったメトホルミンは、肝臓の糖新生・放出抑制、骨格筋のインスリン抵抗性改善、糖の吸収遅延作用などに加え、最近の研究で「インクレチン作用を増強するメカニズムが報告されている」という。メトホルミンはまれに乳酸アシドーシスを引き起こすが、池上氏は「乳酸アシドーシスを惹起した症例は、添付文書の禁忌に違反した例がほとんど」と指摘して、腎機能、肝機能を含む禁忌項目をチェックした上での慎重投与を強調し、同剤を使用しない症例として、腎機能は血清クレアチニンで男性1.3/dL以上、女性1.2/dL以上(e-GFRに換算すると65歳の男性でおおよそ40mL/min/1.73㎡以下、女性で35mL/min/1.73㎡以下に相当)、肝機能はASTALTが施設基準値上限の2.5倍以上(おおよそ100IU/L 以上に相当)と目安を示すとともに、呼吸不全、心不全、脱水のある症例にも使用しないように呼びかけた。一方、インクレチン関連薬が単剤で低血糖を起こさない傍証として、東邦大学教授の弘世貴久氏が発表した論文を紹介。自殺目的でGLP-1作動薬を通常用量の80倍投与した症例でも低血糖は惹起しなかったという。最後に池上氏は、高齢者では個別に治療のゴールを設定すべきで、合併症予防や血糖値正常化が困難な場合は、合併症の進行抑制、失明や透析など末期的状況の阻止、急性合併症予防など多様な目標があると話した。

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 大阪の介護保険の将来展望や

SMILEプロジェクト」の現状を報告

 特別講演に先立ち、大阪府医師会理事、大阪府内科医会理事の中尾正俊氏は「介護保険の現状と将来展望」を講演。中尾氏はいわゆる医療介護総合確保法案の内容を説明し、ポイントとして、① 2018年度から医療計画と介護保険事業計画が同時策定となり、在宅療養と認知症施策の連携が強化される、②要支援に向けた介護予防給付は市町村の総合事業となる、③病床区分が明確化される̶などを挙げた。また、「現在の大阪府の在宅医療の記載内容は乏しいが、われわれがその必要量や目標達成のための推進体制を記載するように持っていきたい」と述べるとともに、大阪府下では在宅医療連携拠点事業が3カ所で展開されていることなどを紹介した。

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大阪府内科医会会長の福田正博氏は、日本臨床内科医会(日臨内)が実施している高齢者糖尿病実態調査「SMILEプロジェクト」の大阪での状況と、独自の調査結果を報告した。大阪が独自に実施した医師向けアンケート(有効回答364)では、1年間に軽症低血糖を経験した医師は53%、重症低血糖を経験した医師は17%。低血糖の指導は90%以上が医師自身で行っていたが、ブドウ糖を常に携行している患者は32%に過ぎなかった。一方、患者アンケートで低血糖を思わせる症状があったのは32%。手のふるえ、冷汗などの交感神経症状より、体がだるい、目がちらつくなどの症状が多かった。日臨内の実態調査結果は、5月の日本糖尿病学会で発表される。

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