クリニックマガジン6月号掲載(2013年)
日常診療での漢方活用をめざして講演会と意識調査を実施
大阪府内科医会は4月20日、第8回定時総会記念講演会を開催した。テーマは「漢方」で、漢方薬の使用経験豊富なかかりつけ医として知られるセンプククリニック院長千福貞博氏(同会会員)と、消化器内科専門医の立場から兵庫医科大学内科学 上部消化管科主任教授・三輪洋人氏が講演。さらに、同会が実施した漢方薬の意識調査結果も発表され、注目を集めた(編集部)
講演Ⅰ「西洋医学と漢方医学の二刀流で勝負」
センプククリニック院長 千福貞博氏
互いに補完しあう西洋薬と
漢方の併用療法が有用
センプククリニックの千福貞博氏は、自身が漢方薬と出会い、今日まで使用してきた経験をもとに、「西洋医学と漢方医学の二刀流」を提案した。
同氏は消化器外科出身で、開業医になってから、『漢方診療のレッスン』、『和漢診療学』の2冊を入門書として漢方を学んだ。とくに前者は難しい漢字熟語が少なく、西洋医学しか知らない医師が理解しやすい。また、同書から「漢方は病名よりも、症状、所見によって薬を使い分けるもので、腹証(腹診)が重要」と気づいたという。
「たとえば腹診で腹直筋に緊張があれば、芍薬の配合された漢方薬を用いればよい。西洋医学では腹部診察のMcBurney圧痛があれば虫垂炎という診断結果が得られるが、漢方医学では腹診によって治療のヒントが得られる」と同氏は診療プロセスの違いを端的に説明した。
続けて、同氏は西洋薬と漢方薬の併用例として、IBS(過敏性腸症候群)に対するラモセトロンと漢方の併用症例を提示した。症例1では、腹診によって腹直筋緊張が認められたため芍薬の多い桂枝加芍薬湯と乳酸菌製剤を処方。2か月後、再度の腹診で正中心が見つかっため、真武湯を処方し少し改善したが、不十分だったのでラモセトロン5㎎追加処方すると大きく改善。現在では真武湯と月2回程度のラモセトロン頓用で症状が抑えられている。「本症例は漢方が主役で、ラモセトロンを佐薬として、良好に治療できた」(同氏)。
症例2では、ラモセトロンで下痢は改善したが、逆に便秘となり、用量調整に難渋していた。腹診で腹部膨満と冷えが認められたので、大建中湯5.0gを眠前に服用させると、下痢も便秘も改善。同氏は、「本症例はラモセトロンが主役で大建中湯が佐薬」と述べるとともに、「大建中湯に含まれる山椒は5HT-4刺激作用があることがわかっており、便秘型IBSに有用。したがって5HT-3を遮断して下痢を改善するラモセトロンとは非常に相性がよい」と解説した。
最後に同氏は、「西洋医学の治療法を10通り、漢方医学の治療法を10通り知っていれば、10×10で100通りの治療法から選択できる」と二刀流のメリットを総括した。
講演Ⅱ「ディスペプシアと漢方」
兵庫医科大学内科学 上部消化管科 主任教授 三輪洋人氏
機能性ディスペプシア治療に
六君子湯が期待できる
兵庫医科大学の三輪洋人氏は、上腹部症状発現のメカニズムと漢方のエビデンスを解説した。
器質的疾患がないにもかかわらず、上腹部症状を訴える疾患が機能性ディスペプシア(FD)と定義されている。同氏は、過敏性腸症候群(IBS)ではヒトや動物に過剰なストレスを負荷すると症状が悪化するという試験結果や、幼少期思春期に性的虐待や暴力を経験した人は重症のIBSを発症しやすいという疫学研究の結果などをいくつか紹介した後、「私見だが、IBSと同様の病態を示すFDでも、幼少期思春期の環境、遺伝的体質などでストレスに対して過剰応答性を獲得した患者が、ストレスに反応して上部消化管症状を起こす。その症状発現を胃酸、ピロリ菌、食事などさまざまな因子が修飾している」と仮説を提示した。
そのうえで、同氏はFDに対してエビデンスが集積されつつある漢方として六君子湯を紹介した。六君子湯は、胃排出促進作用、胃適応性弛緩反応改善作用などを有することが報告されている。同氏は、とくにストレスがかかると胃の弛緩反応が減衰して消化管機能障害を起こすという機序を説明し、「NO阻害剤L-NNAで誘導した適応性胃弛緩反応障害を、六君子湯を加えると回復したという報告がある」と紹介した。
また同氏は、「六君子湯は食欲増進ペプチドであるグレリンを介して、食欲、酸分泌、運動などを改善すると考えられる」と述べ、「六君子湯はシスプラチンによるグレリンの血中レベル低下を抑制することがわかり、ヒト対象の試験でも食欲不振や嘔気の改善が報告されている」とした。さらに、逆流性食道炎のモデルラットによる実験を示して「六君子湯はPPIと同程度の症状抑制効果があるのではないかと考えている」と説明。「六君子湯はストレス、運動機能異常、知覚過敏の3つの観点から、FD治療に期待できる薬剤だと考えている」と結んだ。
93%の内科医が漢方を処方
記念講演会に先立ち、同会が実施した「かかりつけ医における漢方薬に関する意識調査」の結果を理事の大西洋子氏が報告した(有効回答411)。
その結果、92.9%が「漢方薬を処方している」と回答。漢方の高い普及率を浮き彫りにした。しかし「1日平均何%の患者さんに処方していますか」という質問には「10%以下」という回答が60.2%、「10~20%」という回答が30.3%を占め、大西氏は「主に西洋薬で治療するが、少し漢方を使ってみるという医師が90%くらいを占めていると考えられる」と推論した。また、漢方を使う疾患・症状は「こむらがえり」73.5%、「感冒・急性上気道炎」62.5%、「更年期障害」48.7%「便秘」47.2%などが上位を占め、同氏は「高血圧のような数字で症状が管理できる疾患ではあまり使用されず、症状が数字で表せない疾患で漢方がよく使用されている」とコメント。また、漢方薬を処方する理由では「西洋薬のみでは治療の限界を感じる」、「漢方のエビデンスが確立されてきた」などとともに「患者の要望」、「医療経済的に薬剤費の節約になる」などの回答も多く、注目される結果となった。
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